2007年読んだ本ベスト <本編> 補足


 2007年聴いた演奏の感想を振り返るとして
掲示板を遡っていたら
年の初めに読んだ本をすっかり忘れていたことが判明。



 いまさら「ベスト」に加えるのもメンドくさいので、
順位を・・・工夫?して6冊をさらにご紹介。



 第9.5位
 「赤朽葉家の伝説」  桜庭一樹
 

赤朽葉家の伝説

赤朽葉家の伝説

 「帰ってきた 炎の営業日誌」(2007/1/9~10)を読んで興味を持ったため。
  

 おお、これはなかなか面白かった!
 北上次郎氏の言う「傑作」かどうかはともかく、
鳥取の製鉄を主産業とする田舎町の旧家を舞台に
戦後から現代まで、
千里眼の祖母、人気漫画家の母、そして何者でない私、と
3世代の女性の視点で文体も変え、3部に分け語られていく。


 初っ端から、私も興味がある“サンカ”が出てきたり。
 第2部のバブル期の狂騒、熱、などは懐かしかったし。
 第3部、現代、22歳であるニート:瞳子
 「どこへも行けない」「情熱が湧かない」、と
一定の職も続かず逃げているような、
ある種の空虚な雰囲気とともに、
祖母の殺人を追うというミステリー仕立てにも惹かれました。


 少し雰囲気や登場人物の心情を
言葉で語りすぎかな、とも思いますが
それでも一気読みの面白さ。
 一冊で3冊分の小説を読んだような充実感がありました。


 あと。物語、そして人間の心の成り立ちとは、
その人が育った土地、時代と切り離せないものだよなあ、と。
 著者の表現、「スモーキー」な空が覆う鳥取。
 山奥からサンカが現れるにふさわしい土地柄だし、
「子供をたくさん産み育てる」のが
幸せであった戦後間もなくまでの価値観など、
いま、現代の雰囲気、そこに生きる若い主人公までをも
濃く描写しているこの作品だからこそ、色々と考えてしまいました。


 とにかく「面白い」本、を探している人にはオススメの本!



 第8.5位
 「アイの物語」 山本弘

アイの物語

アイの物語

 「本の雑誌」年間ベストで上位にあったので。
 詳細は著者による解説、製作秘話で。


 人工知能が意思を持ち、人間に反逆するようになった未来世界。
 囚われた少年に、女性アンドロイドが物語を語り始める・・・
というのが大まかな筋。


 いや、これ、なかなか良かったですよ。
 すっかりSFから離れた私ですが、
アンドロイドが語る物語はそれぞれ独立した短編で大変読みやすく、
かつその短編は仮想現実、ネットでのコミュニケーションなど
現代に身近なテーマなので親しみやすい。


 短編の出来に差があるのがやや難ですが、
後半の老人介護用アンドロイド「詩音が来た日」などは
かなり出来が良いです。
 作品中、印象的に使われる「瑠璃色の地球」。
 Youtubeで探して聴いてしまいました。
 (やっぱり松田聖子は歌上手いなあ〜!)


 文章は平明に書かれていますが、
この本が持っているテーマは、なかなか深いです。
 その中でも、人間の夢の先を、機械が、人工知能が担う、という
かつてのSFが持っていた、
人間という存在、想像力、可能性を肯定しようとする、
そんな爽やかなメッセージが伝わりました。


 「アイ:人工知能」という存在を通して、
人間の存在、心というものを考えてしまう作品。
 SFに不案内な方でもオススメします。ホント、爽やかな読後感!




 第6.5位
 「アークティック・オデッセイ―遥かなる極北の記憶」  星野道夫

 MIWO団員み〜さんのブログで紹介されていて
読みました。


 星野道夫さんの最後の写真集です。
 いやあ、この写真集は本当に観て良かった!


 感想については優れたものをみ〜さんが書いてくださっているので
多くは語りませんが。
 自然への畏敬、そして動物が写っている写真、
特に冬、雪と氷に囲まれた中で生きている
シロクマやアザラシの姿は
それゆえに命のあたたかさ、ぬくもりというものまでが
伝わってくるような写真集です。


 ページをめくるたびに別世界への扉が開かれるような。
 単純にキレイ、美しい、のではなく
写真に奥行きと広がりがありますね。密度がある。


 星野道夫さんの他の写真集、ぜひ観てみようと思います。




 第5.5位
 「累犯障害者 −獄の中の不条理」  山本譲司

累犯障害者

累犯障害者

 ノンフィクションライター:高野秀行氏が
2006年ノンフィクションで1位、と
評していたので読んでみました。


 著者の山本譲司氏は札幌出身。
 佐賀で過ごし早稲田大を経て
菅直人代議士の秘書になり、議員となり、
秘書給与の流用事件で実刑判決を受け、
約1年2ヶ月を刑務所で過ごしたという人物。


 その刑務所での体験がこのノンフィクションの発端となっています。


 刑務所内での約3割が知的障害者という事実。
 知的障害者と生まれ、
最初に福祉から充分な保護を受けていないと
罪を罪と認識できず些細な罪を犯し、
たとえそれが冤罪であっても、もしくは事実と違っていても
自身の能力では充分に抗弁できず、
刑務所で服役することになる。
 そして刑務所内では矯正用プログラムが全く機能していないため、
さらに出所後も前科ある障害者を受け入れる福祉施設は皆無なため、
結果、ふたたび罪を犯し、再入所、ということになる恐るべき悪循環。
 (知的障害を持つ受刑者の7割以上が刑務所への再入所者)


 自分が刑務所にいる、ということも認識できない受刑者たち。


 「外では、楽しいこと、なーんもなかった」…と語る、
“刑務所へ戻るために”下関駅に火をつけた知的障害者の老受刑者。


 後半のろうあ者の異世界など、
現代日本の影の部分が、実に平明で優れた文章で書かれています。


 最後に、この事実を糾弾するだけではなく、
著者が現実を変えていこうとするさま、
そして実際に変わっていく事が書かれているのが救いですね。


 障害者への安易な同情、だけでは済まされない、
現実を見据える非常に骨太のノンフィクション。凄い本です。




 第4.5位
 「マラマッド短編集」 バーナード・マラマッド

マラマッド短編集 (新潮文庫 マ 3-1)

マラマッド短編集 (新潮文庫 マ 3-1)

 「本の雑誌HPの作家の読書道:夏石鈴子さんで興味を引かれて。


 ・・・大当たり!
 何と言うか、短編でここまで引き込まれる作家は久しぶりかも。
 マラマッド(1914−1986)はユダヤ系アメリカ人の作家で、
社会の底辺にいる人々を多く描いているようだ。
 テーマよりも、その筆致が何より素晴らしい。


 訳者:加島祥造氏による「あとがき」を読むと
 「(前略)大都会の裏町に住む貧しい人々の話を
  冷酷さのないリアリズム、感傷性のない同情心をもって描いている。
  これは人間性への洞察力と豊かなヒューマニティが
  結合した作品として、わたしたちを強くとらえる作品である」


 そう、この「冷酷さのないリアリズム、感傷性のない同情心」、
この描き方が「これだ!」…という気になったんだよなあ。
 リアリズム、同情心を表そうとすると、
ほとんどの作家は上記の「冷酷さ」「感傷性」が滲んでしまうので。


 他にも、ユダヤ的宗教観、価値観、常識の違い、
寓意性など多彩な魅力を持つマラマッドの作品。
 これからしばらく追いかけてみようと思います。
 とりあえず「天使レヴィン」が今は一番好きです。




 第3.5位
 「星新一 一〇〇一話をつくった人」  最相葉月

星新一 一〇〇一話をつくった人

星新一 一〇〇一話をつくった人

 小学校4年の時に近所の本屋で
講談社文庫の「きまぐれロボット」を手にとって以来
多くの星作品を読んだ人間としては
星製薬の御曹司で会社を引き継いだが潰してしまった、
などの話は知っていたが、
それでもこの本で明かされる話は知らないものがほとんどで
驚きながら読み進めた。


 会社を潰したという“負の遺産”が後々まで影響を及ぼしたこと。
 それに関連し、世話になった人からの裏切りなどが
厭世的で人間の匂いがあまりしない、
透明な、星作品の文体を創り上げていったのでは、ということ。
(もちろん作風は作者が経た実体験のみによって出来上がるものではなく、
 商業小説家として足場を固めるためのオリジナリティ、
 星氏が好んだ海外小説の影響も述べられている。
 最相氏のこのあたりのバランス感覚が優れているように思った)


 創作のための、飲酒と睡眠薬の長年の併用が
晩年の健康状態にかなりの悪影響を与えたこと。
 SFというものを日本へ広めるための大きな原動力となったが
後年はその実績にもかかわらずほとんど省みられることは無かったこと。
 (星氏について語ることは、黎明期からの日本SFを語ることであり、
  そういった面でこの本は
  「日本SF界の歴史」を記した本でもある)


 氏の作風と違い、あまりに人間的な、生々しい事実が語られる。


 特にショートショート1001話を達成したとき、
記念すべき1001話は1編に限定せず、
8編を小説誌8誌にほぼ同時期に発表した、というエピソードで
20年経ち、受け取った編集者の誰もが、
その作品がどんなものだったか憶えていなかった・・・という話は、哀しい。
 私も星作品を読み進めるにつれ、
後期の作品になるとあまりメリハリの無い
“漂白された”印象の作品群に飽きてしまい、
読むのを止めてしまった記憶があるからだ。


 創作というものへの星氏の苦悩が
前面に現れた評伝と言えるかもしれない。


 1001話を達成してから、星氏は新しい作品の執筆活動を止め、
過去の作品の改稿、
特に古くなった言葉遣いの修正に力を入れるようになった。
 「内職の封筒のあて名書き」は「内職」に、
「高層アパート」は「高層マンション」に、
「ダイヤルを回す」は「電話をかける」に。
 普遍的な氏の作品が・・・さらに時代に風化せず、より長く生命を保つように。


 今でも書店へ行くと、多くの星作品が書棚に並び、
新たな読者を作っている。
 亡くなった日本の作家で、これほど幅広い年代層、数多くの読者、
そして海外にまでその作品が知られている作家は、そうはいない。


 子供向け作家として見られることに悩んだ星氏だが、
それでも私にとって、他人から与えられるのではなく、
自分自身で選んだ初めての「大人の本」は星氏の本だった。
 星氏の作品に触れた時の衝撃と興奮を懐かしく思い出しながら、
初めての本が、星氏の本で良かったと本当に感じる。
 久しぶりに星氏の作品を読み返したいと思います。特に「鍵」を。