東京混声合唱団 倉敷公演感想 最終回


第4ステージは
「東京混声合唱団愛唱曲より」と名付けられたステージで
まずはリーク作曲「コンダリラ(滝の精)」
(作曲者に見覚えがあるな…と思って調べたところ
 シドニー生まれの作曲家:Stephen Leekでした。
 アボリジニの言葉をテキストにした作品を何度か聞いたことがあります)


追分節考とは逆に、ステージ上にいる男声。
客席の左右には女声が並び、
男声はホーミーのような倍音発声を唸り、
女声は鳥の鳴き声のようなピチカートをそれぞれに発する。
その音の存在感に改めて歌い手の能力の高さを感じさせ、
不思議な音響世界に、深い森へ入ったような錯覚。
このサウンド感にも大谷先生のセンスが感じられる演奏。


2曲目はマリー・シェーファーの「ガムラン」を。
インドネシアの伝統的な器楽曲を人の声で再現したこの曲、
男声を中央に、両端を女声という並びにし、
そのリズムの移り変わりを視覚的にも楽しめるように。


3、4曲目は武満徹「○と△の歌」「死んだ男の残したものは」。
「○と△の歌」はそのアーティキュレーション、テンポ変化の自在さ、細やかさ。
4曲目「死んだ男の残したものは」は林光先生の編曲で、
このヴァージョンを聴くのは初めてだったのだけど
(ピアノが伴奏に加わります)
なぜあまり演奏されないかわかりました!難しいんだ!!
ピアノもそうだけど、歌い手にジャズ、ブルースのセンスが要求される編曲。
すなわち旋律の力点と抜け。しかし言うは易し、行うは難し・・・。
バスは声のためもあるけど、鈍く棒歌いに感じてしまい(あああ…)と思うところも。
それでも現在では直接過ぎるようなこのメッセージ性あふれる詩を
洒落た編曲と大谷先生のスイングを感じさせる脚の動きで
聴きやすく、それでも詩の本質を損なうことの無い演奏を伝えていただきました。


続いてディズニー映画「南部の唄」より 「ジッパ・ディー・ドゥー・ダー」。
ドゥワップを思い出させるリズムパートが楽しく。


崖の上のポニョ」主題歌。(編曲:森山智宏)は
やっぱりこれぐらいの凝ったアレンジじゃないと合唱では楽しめないよなあ。


アンコールは「歓喜の歌」のゴスペルヴァージョン、でいいのかな?
女声、男声、それぞれノリの良いソロが見事に決まって
会場を十分に沸かしていました。



以前はあまり感じられなかった「合唱団としてのサウンド」。
そして、入り込む時には入り込む、楽曲への適切な距離感。
(これは大谷先生再デビューだったから?
 特に女声陣の「共に音楽を作りましょう!」と語ってくるような
 熱の入った表情に、少し感じ入ってしまいました)
そんな新しい「東混」を感じられた演奏会。


今回は地方公演という為か、愛唱曲以外は邦人合唱曲でしたが
これで難易度の高い海外の名曲がプログラムに入っていたら
もっと嬉しかったろうな〜などとも思いました。
個人的にはプーランクの「悔悟節のための4つのモテット」など希望したいです。
もし、大谷先生指揮でそんなプログラムだったら
大阪あたりまでなら喜んで行っちゃうかも?




自分は以前、大谷先生が事故後に復帰されて初めての指揮である
MIWOの「ヨハネ受難曲」演奏会で、
合唱と器楽との境目をほとんど感じさせない流麗さ、
キリストを非難し、逆に守り、原罪を背負いながら赦しを請う、
人間の存在としての多様な側面とドラマ性を見事に描いたその演奏に
身体の芯まで染み込むものを感じたのですが。


その時、大谷先生の復帰は確かに嬉しいことだけども。
それ以上に、大谷先生復帰後、初の演奏会という事を
忘れさせてくれるような演奏をして下さったことが、何よりも嬉しい。
そんな話をした覚えがあります。


今回の倉敷公演でも演奏後に沸いた感情はひとつ。
「楽しい!」というもの。
そのことが、自分でも、嬉しい。


今回、初のお披露目だというフェラーリ製の真紅の杖(!)とともに
大谷先生と東京混声合唱団のこれからの演奏を楽しみにしたいと思います。