2010年読んだ本ベスト10 (ノンフィクションなど)


第10位  高橋秀実「おすもうさん」


おすもうさん

おすもうさん


大の相撲ファンである著者が、
外国人向けに「相撲とは」という原稿を書くために
相撲を調べることから明らかになる驚愕の事実!
高橋秀実さんは大好きなノンフィクション作家だが
この本ももちろん凄く楽しく、そして考えさせられた。


まず「相撲が国技」の根拠は、
興行をする場所が「国技館」と名付けられた『だけ』ということとか。
「待った」の時間制限はラジオでの放送時間に合わせて決められたもので、
かつては「待った」の繰り返しで1時間以上が経過したこともあったとか。
日本での一番初めの文献上の相撲(日本書紀)は
「絶対、刃を石になんて当てません」
との木工職人の発言にムカついた雄略天皇が、
宮仕えの女性を裸にし、
ふんどしを締めさせ相撲を取らせたのが最初だとか。
(で、案の定見惚れてしまった職人は刃を石に当て傷つけ、
 天皇はその石職人に処刑を命じたとか。ヒデェ)
他にも「武士道」「品格」などの相撲に求められる精神は後付で、
ひたすら呑気で、非合理的で、慣習に満ちている相撲世界が語られていく。


それでも「武士道」などの「道」が古くからの日本人のものではなく、
割合最近の考え方などの観点からすると、
八百長も含めてお互いの立場を考慮し、
「察する」文化の相撲は本来の日本精神そのものなのかな、
という気もしてきます。


オフビートでありながら多方面の視点を持つ
「おすもうさん」は良書でした。



私は高橋さんの著書をほぼ読んでいるんですけど
どの作品でも物事に当たるとき、
他人の視点や考え方を簡単に借りない。
だから文章も、考えも、テンプレートからまったく外れたものになる。
だからページの先が予想できない。
しかしさまざまな視点で、自分自身でしっかり考えるので
不思議に著者と体験と心を共有している気が起こってくる。



高橋秀実さんが書いた
「からくり民主主義」の巻末に村上春樹氏が
「僕らが生きている困った世界」
という優れた解説を書いているので引きましょう。

(前略)
高橋さんが本書に収められた
いくつかの文章の取材執筆をしている時期にも、
用事があって何度か顔をあわせて、
そのときにかかわっている対象についての話をあれこれとした。
そのときもだいたいにおいて
「いや、ムラカミさん、弱りました」という話の展開になった。
結論が出ない、というのが当時の彼の主要な悩みだった。
真面目に足をつかって取材すればするほど、
たくさんの人の話を実際に時間をかけて聞けば聞くほど、
結論が出なくなってくるのだ。
そのものごとにかかわりあっているいろんな人の事情もわかる。
考え方の違いが出てくる経緯もある程度わかる。
そういう諸要素を白か黒かでさっさとより分けて、
「みなさん、これが正しい結論だ!」みたいなものが、
するりと簡単に出てくるわけがないのだ。


そうそう、そうなんだよ!
簡単に断言する人が嫌いな私は本当に同感。
この高橋秀実という作家の姿勢はそういう点ではまったくブレない。



時事問題を色々扱った「からくり民主主義」「トラウマの国」も面白いけど、
題材がやや古いのと、ちょっとヒネった週刊誌記事のように思える時もあるので、
「はい、泳げません」と

はい、泳げません (新潮文庫)

はい、泳げません (新潮文庫)


165センチ80キロの妻のダイエットを描いた
「センチメンタルダイエット」
(文庫版タイトル「やせれば美人」)をお勧めします。

やせれば美人 (新潮文庫)

やせれば美人 (新潮文庫)


さてこちらも普通の「ダイエット本」と思って読めば
高橋氏の手に引かれて、ダイエットの深い迷宮を彷徨うことに・・・。
またそれも楽し。
現実とはカンタンに結論付けられ、割り切れるものではなく
複雑怪奇な迷宮を進むようなものだから。







第9位 高野秀行「間違う力」


間違う力 オンリーワンの10か条 (Base Camp)

間違う力 オンリーワンの10か条 (Base Camp)


今年読んだ高野秀行作品「メモリークエスト」
「アジア未知動物紀行」はどれも面白かったが
1冊選ぶならコレ。


副題が「オンリーワンになるための10か条」で、
自称「才能がない普通の人間」である高野さんが
辺境作家としてプロフェッショナルになるための心構えを説く。
大学の探検部時代から各著書の背景、動機などが書かれていて
高野ファンには嬉しい本。


高野ファンではなくても「オンリーワン」になるための実践的な本でもある。
例えば準備など全てにおいてダメダメな
ギリシアでの障害者スポーツ国際大会を例にとって
「ちゃんとしてなくてもいい。気軽でもいい。てきとうでもいい。」
「でも今、はじめる」
…という言葉は胸をうつ。


「間違う力」というのは他人の行為を模倣するのではなく
失敗も糧にしてオリジナルの道を進むこと。
上記のギリシア障害者スポーツ国際大会は
そんな不備にも関わらず「やった」ことが評価されて
次の年もそこで開催されたとか。


あとは高野さんが文章を書く上で陥らないように注意していることとして
「文学」「叙情」「批評」の3つを挙げていること。
これは自分も自覚があるだけに「アチャー」と赤面。
「文学」「叙情」は才能がない人間がやっても陳腐なだけ。
逆に「批評」は誰にでもできる、と。


逆に高野さんが基準としていることは「情報」「技術」「科学」。
読者が知らないインフォメーション「情報」。
わかりやすく面白く書く「技術」。
そして論理的な思考の「科学」。
「色気も艶もないが、二流の自分が作家面してやっていくには、
そのくらい現実的に行かなければならないのだ」 …納得!


そういや高野さんプロデュースの
「困ってるひと」大野更紗さんも
見事に「情報」「技術」「科学」の3条件を満たしています。
http://www.poplarbeech.com/komatteruhito/index.html
こんなに面白く笑えて心に迫る闘病記、読んだことある?!


…それにしても
ゴールデントライアングルでアヘン栽培に従事し
自らアヘン中毒になったのを記した
「アヘン王国潜入記」なんてもっと評価されていいと思うのになあ。

アヘン王国潜入記 (集英社文庫)

アヘン王国潜入記 (集英社文庫)


「TIME」の記者に
「この本は100年後も残る!」と言われたのも
納得できる本です。



(つづきます)