「コンクール出場団体あれやこれや:出張版2012」(最終回)


週間天気予報によると富山の天気は

11月23日 金曜は最高気温13度 最低気温6度
曇り時々雨
24日 土曜日は最高気温9度 最低気温4度
曇り時々雨
25日 日曜日は最高気温12度 最低気温3度
曇り時々晴れ


…とあまりよろしくない天気でかつ冷え込むようです。
折りたたみ傘と防寒をしっかりして富山へ向かいたいですね。



さて、最終回のこの「あれやこれや:出張版」。
この企画に協力していただいた合唱団のみなさまへ
ささやかながら(ホント、ささやかな…)お礼として
お土産を用意しておりますので
もし私(文吾)を見かけましたら声をかけてくださいね。


ただ・・・一般B部門の合唱団の方には
私も「史上かつてない2次会」へ参加させてもらうため
お会いできると思うのですが
一般A部門の方々は難しい・・・。


特に「安積合唱協会」もしくは「混声合唱団ルックスエテルナ」に
私と共通の知人がいらっしゃる方、
どうかお引合せのほど、よろしくお願いします。



さあ13回にわたって連載してきましたこの
「あれやこれや:出張版2012」ラスト2団体のご紹介です!








14.岡山県・中国支部代表
合唱団こぶ
(混声52人・4年連続出場・第62回大会以来4回目の出場)



岡山県総社市の中学校教諭である指揮者の大山敬子先生。
気になる「こぶ」という団名の由来は
指揮者「大山敬子」先生の敬子の頭文字「K」と、
敬子先生のもとに集った教え子「OB」たちの文字をつなげ、
「KOB=こぶ」となったのだとか。


「合唱団こぶ」はその中学校のOB合唱団…と思いきや
教え子ばかりではなく
他校で中高時代に合唱をしていて入団した人、
社会人になってから初めて合唱を始めた人などがいらっしゃるとか。
それでも創団20年になるというのに
昨年の時点で平均年齢は21.5歳!


昨年は若々しい見た目のまま、
爽やかに課題曲を演奏し、
自由曲:信長先生の「春と修羅」では
その声を活かし、伸びやかに透き通った音響で
宮澤賢治の世界を描いていました。



今年の課題曲はG3
自由曲はEric Whitacre作曲
Go,Lovely Rose
GJEILO, Ola作曲
The Ground


へええ、ウィテカーはわかるとしても
1978年生まれのノルウェーの作曲家、
GJEILO, Olaの「The Ground」とは!
この曲、聴いていただければすぐわかりますが
心に染み入るような美しさを持った曲です。
私も一聴して大変気に入りました。
しかし・・・コンクール自由曲としては正直「?」



団員の藤原さんからメッセージをいただきました。

今年の選曲ですがとくに「THE GROUND」
コンクール向きではないでしょうね。
その選曲にあたり経緯を簡単に。


================
何か私たちにお勧めな曲をご存じないですかねぇ?


(ある出版社の方)
そうですね・・・地味なんですけど、
GJEILOなんていかがでしょうか。


(指揮者の心の中)
――ほう・・・‘地味’。
地味・・・地味!ということは味があるということねぇ――


<曲を聴く>
美しい・・・!
この曲を、コンクールという舞台で発信したいわ!
================



という流れで悩むことなく今年度の自由曲に決定!
・・・という訳でもなく、
選曲にあたっては紆余曲折ありました。
団員の中でも賛否両論でしたよ。
半年の時間をこの曲に懸けるわけですからね。
最終的には熱き指揮者の想いに打たれて、
今回の選曲となりました。


実際に練習を始めると・・・見事にハマりましたねぇ(笑)
歌っていて‘幸福’を感じます。
とくに転調後のAgnusDeiから・・・もうたまりませんね(笑)
実際にこの曲を取り上げることで、
私たちは「聴く」こと
「聴いて、合わせる」合唱の原点を再確認しました。


さて中国大会の話をすれば・・・
今年の全国大会の枠はAから1、Bから1。
言うまでもなく厳しい‘競演’でした。
本番後、演奏を聴いたある方が涙を流しながら
「本当に良かった」と握手を求められたこと、
今でもその光景を思い出すと胸が熱くなります。


終わりに、
6月に開催された県合唱フェスティバルの際の
団紹介文を引用します。
(ちなみに歌った曲は渡辺美里さんの「My Revolution」です)


================
「合唱団こぶ」も今年度、結成20年を迎えました。
でも・・・20年経っても平均年齢20歳ってどうなってんだ?
もともと指揮者‘けいこ’のOBが作った合唱団。
毎年春には、けいこのもとで育った
15歳の青年たちがまた歌いたい!と仲間入り。
だから今でもずっと若いんだ。
でも・・・こぶの大人ってほとんど、
けいこのOBでなかったりする。
どうなってんだ??
やっぱり、へんちくりんな合唱団。
喜び、悲しみ、苦しさ、悔しさ、
それぞれの「今年」に色んな味わいがあった20年。
毎週土曜の夜、けいこのもとへ音楽を求め集う仲間。
あなたに、歌に出会い、自分を、明日を変えていく力をくれた。
My Revolution・・・これからもずっと。
けいこ先生、今日は何をしましょうか?
================


団発足20年という記念すべき年に、
現行のコンクール編成最後の年に、
そして今年選んだこの曲を、
‘全国’という憧れの舞台で発信できること、
本当に嬉しく幸せです。

写真は福祉施設訪問演奏の際の大好きな一枚です

藤原さん、ありがとうございました。
「最終的には熱き指揮者の想いに打たれて」という
選曲、大変納得しました。
コンクールへの目的はさまざまでしょうが
そのひとつにある
「惚れた曲を多くの人へ知らしめたい!」というもの。
合唱団こぶ、大山先生の熱い想いが伝わってくるようです。
その想いが中国大会の演奏のように
多くの人の心を揺り動かすことを願っています。






2012年度全日本合唱コンクール・富山全国大会、
いよいよ最後の団体です。










15.東京都・東京支部代表
合唱団お江戸コラリアーず
(男声88人・4年連続出場・第62回大会以来4回目の出場)



今大会の一般部門でおそらく最多人数になるであろう
合唱団お江戸コラリアーず。
略して「おえコラ」。


今年の課題曲はM4
八木重吉:詩 松下耕:作曲
「はらへたまつていく かなしみ」(「秋の瞳」より)
自由曲は木島始:詩 三善晃:作曲
「遊星ひとつ」より
「INITIAL CALL」「バトンタッチのうた」



団員の村田さんよりメッセージをいただきました。

毎年そうですが、
コンクールの選曲は
コンクールのための選曲というわけではなく、
「この曲にじっくり取り組みたい」とか
「この曲を全国の舞台で披露したい」とか
そんな感じで演奏会で演奏した曲の中から
ピックアップしてる感じですね。
そういうわけで演奏会でやった
「遊星ひとつ」から2曲を選択しました。


この曲は名曲中の名曲で、
この曲に対して思うところは山のようにあるのですが、
文章ではとても書ききれないので、
「演奏を聴いてください」と。
え? 紹介文になってない?(^_^;)


特に三善先生の作品では顕著に感じるのですが、
とっても細かい演奏指示が書かれていて、
その全てをしっかりと行うこと、
また、それらをただの記号ではなく、
なぜそう書かれているのか、
どう表現すべきなのかをしっかりと咀嚼して、
1音も疎かにすることなく
全てをあますところなく表現した演奏をしたい、と
思っています。


そのためには、やはりおえコラは
まだまだまだまだ力不足な点が多くあります。
昨年までの全国大会はもちろんのこと、
今年の都大会ではこれ以上ないような
評価をいただきました。
それは最終的にできた演奏に対する評価なわけですが、
本当に持っている実力(地力といいますか)に
対する評価ではなく、
やはり分不相応な過大評価だと感じていますし、
いただいた賞に驕ることなく、
できることをコツコツとやっていきたいと思います。


いや、本当に過大評価でして、実態はというと、、、
音はとれない、歌詞しゃべれない、声は未熟、
ドミソがハモらないどころかユニゾンできない、
といった感じでして、
すごいともてはやされるような合唱団では決してなく、
ましてや憧れの対象となるなんてもってのほか、
この文章を書いてる時点で、
富山での現地練習を残すのみなんですが、
東京での最終練習では未だに
「音が違ーう!」とかやってますしね。。。


演奏を聴いていただきたいのはもちろんですが、
興味をもたれた方は、
是非練習見学にお越しいただきたいと思います。
こんな低レベルな… 
と衝撃をうけること請け合いです(苦笑)


なんだか、全然曲紹介や聴き所紹介ではなくなってすいません…


そっ、そうですね。
えーと村田さんも書かれているように
演奏会でやった「遊星ひとつ」から2曲、ということから
私も聴きに行った8月、
おえコラ第11回演奏会「お江戸の新世界」のプログラムから
坂巻賢一さんによる曲紹介が大変素晴らしかったのです。
全文を読んでいただきたいぐらいですが、
自由曲に関係が深い箇所を引用しましょう。

INITIAL CALL
 暗闇のなか、組曲全体を貫く主題が提示される。
その主題は、他の声部に受け継がれながら、展開し、
まるで何かが胎動しているかのように高揚する。
その後、詩集のあとがきに書かれた五行の詩が
そっと中空に放たれる。
ここでは、その呼びかけに対する答えは
まだ分からない。


バトンタッチのうた
 無窮動的なアカペラで曲は開始する。
それは詩にある競歩集団のことを示しているのだろう。
どこが先頭で、そしてどこがビリかも全く分からないなか、
ある種の諦念も漂わせながら、
競歩は絶え間なく続いていく。
 そんな中、ふとテレビのリレー競争を思いだすが、
その瞬間アカペラが休止し、ピアノ伴奏による
不安定で緊迫感の高い音楽にとって変わる。
他人に引き継げるバトンを持っているのか、
などと次々に自問し、
気持ちは不安や葛藤で揺さぶられていく。
しかし、バトンや渡す相手の姿は見えず、
ついには絶望する。
絶望のあまり、自棄になって、
詩集のあとがきの言葉までもが叫ばれていく。
しかし、ここにはこの組曲の答えが示されていた。


(中略)


 この作品における問いかけとは、
詩集のあとがきの五行詩のことであろう。
傍らに友はいないかもしれない。
助けは来ないかもしれない。
見通しなどないのかもしれない。
それでも、遊星(自分)はひとつ。
代わりなどいない。
五行詩を唱えることは、
生きることを引き受けるということだ。
行く先も分からないが、
自らに問いかけながら生きてゆくほかはないのだ。
そして、自分を見つめることにより、
他者の姿が見えて来る。
言いかえれば、他者がいるから、自分の生を証明出来る。


第二楽章では、「だれか」が「きみ」の生を示していた。
また、第三楽章では、過去と未来、時間の流れの中に
自らの生があることを示していた。
人から人へ、時間から時間へ、
生そのものや、生きようとする意志は
連綿とバトンのように受け継がれていく。
こんな時代だからこそ受け継がれることを希う。
これこそが、作曲者の言う「生の円環」ではないか。


曲の末尾にて、音楽はこれまでの絶望に溢れたものから
光輝くものへと変化する。
ひとつの遊星、それは個々の私たちという意味だけではなく、
この地球という意味を持っている。
私たち一人ひとりが懸命に生き、
そのことにより地球に希望が宿ることを祈りながら、
「遊星はひとつ代わりがあるかい」と高らかに歌い、
曲を閉じる。

コンクール改革についても一言、とのお願いには

これは、団としては
明確な意思が定まっているわけではないので、
あくまで私個人的な考えということで。


今年までの部門編成については、
ある意味マンネリとなっている点があり、
改革が必要という点は同意です。
特に職場部門と大学部門ですが。


大学部門について言えば、
今年の都大会ではシードのクライネスさんを除けば
出場団体自体がたった2団体でしたから、
全国でもっとも大学が集まってる東京でこれだと、
大学部門を設ける意味があるのか?
との方向性になるのもいたしかたないところかなと思います。


ただ、それでも大学部門をなくすことは
いただけないかな、と。
今回の部門再編の意図に
大学生の参加数を増やすことがもしあったとすると、
この再編で大学生の参加が増えることはない、
というかむしろ減ると思います。
大学合唱団の指導をしている身から言えば、
コンクールに出ない理由の本質はそこではないので…。


村田さん、ありがとうございました。


昨年も最後の出場だったお江戸コラリアーず自由曲、
信長先生への委嘱曲「Sämann ─種を蒔く人─」では
分断・嘲り・怒り・暗闇へ沈み込む・・・
創作者:信長氏の感情が
そのまま乗り移ったかのような難曲を演奏し。
最後のシュプレヒコールのような箇所から
圧倒的な密集する不協和音のラストには、
それでも何故かカタルシスを感じさせてくれた
お江戸コラリアーずの表現力に圧倒されたのを
今でも鮮やかに思い出します。




今年6月に仙台でパリンカさんの演奏会へ賛助出演した際


まだまだ力不足、分不相応な過大評価と村田さんは謙遜されながらも
「できることをコツコツとやっていきたい」と書かれます。


1音も疎かにすることなく
全てをあますところなく表現した演奏をしたい



村田さんの願いがこもったお江戸コラリアーずの演奏が
遊星である私たち一人ひとりの希望となりますように。









これで一般A部門14団体、一般B部門15団体。
併せて29団体の紹介記事を終了します。







「ありがとうございました」



最後までこの連載をお読みになられたみなさん、
そしてご協力頂いた合唱団のみなさん、
さらに「富山のお目当て」企画に協力していただいたみなさん、
本当にありがとうございました!


今回は23団体もの指揮者・団員の方々から
メッセージや写真を頂くことができました。
改めて感謝いたします。


今年で5回目になるこの企画ですが
今回、書き続けていてふと思ったのは
「誰に向けて自分は書いているんだろう?」ということです。
もちろん書いているときに
紹介する合唱団の指揮者の方や団員さんは思い浮かべます。
しかしそうではなく、
この企画の文章そのものは
いったい誰に向けて書いてるんだろう?



話は変わりますが、
札幌にいて合唱を始めた年の高校1年生。
当時はこの全日本合唱コンクール全国大会の演奏を
年末にNHK-FMラジオで放送していたので、
大量のカセットテープを用意し録音に励んだものです。


寒い札幌の冬。
雪が音を吸い込む無音の夜に
布団へ潜り込みながら
ヘッドフォンから流れる素晴らしい演奏の数々を
繰り返し繰り返し聴いていたのを今でも思い出します。


CDやレコード(!)を満足するまで買うにはお金が乏しく、
ましてや本州へ旅行するなど考えもつかなかったあの頃。
「全国大会」というものに繋がるのは
ラジオ放送とカセットテープしかなかった。
あの時聴いた演奏は今も耳の底に残っています。
実際に演奏された時間は一瞬ですが
自分には一生のものになった。



今はこうして日本各地で全国大会を聴き
時にはCDを買ったり
ネットからダウンロードもしているのですが
そのコンクールや演奏会の客席にいる時、
どういうわけか合唱団が
私ひとりだけの為に歌ってくれているような時が稀にあります。
もちろんそれは錯覚なのでしょうが、
それもやはり「一生心に残る演奏」です。



歌う人は誰に向けて歌っているのか…?
コンクールならそれは審査員かもしれないし、
あるいは友人や家族かもしれません。
自分が演奏したときを思い出してみたのですが、
客席にいる知り合いを意識したことはあるにせよ
その人へ向けて歌う!ということは無かったような。



好きなエピソードを。
ある噺家さんがお弟子さんからこう言われたそうです。
今日のお客は少ないし、なんだかちゃんと聴いていないようで。
今回は軽く流せばいいんじゃないですか?
それを聞いてその噺家さんはこう返したそうです。


「話に手を抜くことはできないよ。
 なぜならあそこに座っているお客の中に
 落語を好きになって、好きになりすぎちまって、
 噺家なんかになろうとしちゃう昔の自分がきっといるから。
 ・・・だからそいつに聴かせる噺には手を抜けない」



このエピソードを思い出し、
自分はこの企画の文章は合唱を始めたばかりの自分。
全国大会の演奏に憧れるも、
実際には聴けずに繰り返しカセットテープを回す
過去の自分へ書こうと思いました。


「ほら、こんな合唱団があるよ!
 こんなことを指揮者は団員さんは考えてるんだぜ?
 凄く面白いだろ?!」



歌う人も同じなのかもしれません。
知人や友人、家族など、
あなたの歌を聴かせようとする人が客席にいる人、いない人、
そのどちらでも。
あと、ひとりだけのために歌ってほしいと思うのです。その人は


合唱を始めたばかりの自分へ。
演奏を聴いて一生心に残った時の自分へ。
自分ひとりだけに歌ってくれた時の自分へ。


・・・歌ってほしいと思うのです。


客席にはきっとその時のあなたがいるはずです。
いや、客席にいないとしても、空間を、時間を越えて
今のあなたの歌に耳をすましているはずです。




一瞬の演奏が、一生心に残り続ける。
そしてそれがまた一瞬で一生の新しい演奏を生み出す。
素晴らしいことだと思います。
だから自分は聴き続けるし、文章を書き続ける。
いまの自分を形作っているのは、
あの時歌ってくれたみなさんのおかげ。
そして、これから歌ってくれるみなさんの演奏があるから。


ありがとう。本当にありがとう。





それではみなさん、富山でお会いしましょう。
最後にもう一度。
ありがとうございました!