2012年に読んだノンフィクションベスト10(〜8位)


ノンフィクション(エッセイやインタビュー含む)の
「2012年に読んだベスト10」を紹介。




第10位
春日武彦「臨床の詩学

臨床の詩学

臨床の詩学


長年、精神科医として活躍してきた春日氏の臨床の現場と
それに通じる詩や小説の作品世界。
日常とは異なる、ふとした言葉が世界を大きく変えることになる。


言葉の力を信じているという点では
「世界を変える呪文」の歌人:穂村弘氏と似ているが、
春日氏はそこまでは信じていないまでも、
詩や小説の言葉、患者の発言などから、
それに応じる側の視点が大きく変わり、
結果、世界が変わったように視えるという考え。
実作者と鑑賞者の違いとも言えるのか。
非常に感銘を受けた。


春日氏の著作では初の長編医学ミステリー
「緘黙 五百頭病院特命ファイル」も読んだ。

緘黙: 五百頭病院特命ファイル (新潮文庫)

緘黙: 五百頭病院特命ファイル (新潮文庫)

ミステリーとしては「?」かもしれないが、
精神科医の生態、思考、治療法が
さすが現役精神科医の春日氏なだけあって
非常に情報量が多く興味深く読めとても面白かった。
狂気というものへの自分の誤解を修正してくれる。
そういえば春日氏の
「ロマンティックな狂気は存在するか」も良かったなあ。


「臨床の詩学」で紹介されていた詩や小説から
(物凄くマイナーな作者が多く、鑑賞者:春日氏へ驚きの念が湧く)
短編:エイミー・ベンダー「無くした人」
(「燃えるスカートの少女」より)が紹介されていた。

燃えるスカートの少女 (角川文庫)

燃えるスカートの少女 (角川文庫)

私も読んでみたが、とても良い小説だった。春日氏に感謝!


エイミー・ベンダー「無くした人」の粗筋はこんな感じ。


海で溺れた両親のため八歳で孤児になった主人公。
長じて主人公は失せ物を探す名人となる。
近所で評判になったり
自分で隠して見つけふりをしているんだろう?
という毀誉褒貶の中、近所で八歳の息子が誘拐され、
その捜索を依頼される。
「失せ物」を探したことはあっても、
人間を探したことがない主人公は困惑する。
しかし八歳の少年が青いシャツを着ているとの情報を得て、
見事探し当てる。
その晩、主人公は孤児として、何も身につけず、
その結果誰にも探し当てられない自分の孤独を再認識するのだ。

「どこにいったの? ぼくを見つけにきて。
 ここにいるよ。見つけにきて。
 じっと耳をすませば
 打ち寄せる波の音が聴こえるかもしれないと彼は思った。」


エイミー・ベンダー「無くした人」より)


第9位
「音楽嗜好症 脳神経科医と音楽に憑かれた人々」

音楽嗜好症(ミュージコフィリア)―脳神経科医と音楽に憑かれた人々

音楽嗜好症(ミュージコフィリア)―脳神経科医と音楽に憑かれた人々

ブログに書いた過去の感想はコチラ。
http://d.hatena.ne.jp/bungo618/20120401/1333263921





第8位
木村俊介「仕事の話」

仕事の話―日本のスペシャリスト32人が語る「やり直し、繰り返し」

仕事の話―日本のスペシャリスト32人が語る「やり直し、繰り返し」


ハイパーレスキュー隊員、心臓外科医、鉄道ダイヤ作成者…
さまざまな職種の第一人者:32人へ仕事について訊いた本。
木村氏は取材対象者の本や文章をすべて読むらしいが、
それが功を奏して対象者へ深く入っていき、
非常に興味深く、かつわかりやすい内容。


いわゆる「成功の法則」的、
一面的な切り方だけの本では決して無いが、それでも
「第一人者となる人の多くは、
 若い時に同じ業種の人間の大多数とは違う個性の獲得と、
 人の何倍もの仕事量をこなせる体力と心のタフさが必要なんだなー」と。


特に「一ミリメートル間隔に数本の描線」という
細密な書き込みの陶芸家:葉山有樹氏の言葉には打たれた。
真剣な仕事を終えた後には体がガクッとなって
「命が持たない」と感じるもの。
でも、仕事ってそういうものだろうなと思う、と語った後で

見る人というのは
「どこに限界があったのか」については非常に敏感です。
「これは相当な犠牲の下に成立しているものだ」と理解する時に、
人はそこに豊かな厚みや深みを感じるのでしょう。
あるものに対して、多大な犠牲の下で成り立っているのか
どうかについては絶対に感知されてしまうから、
こちらとしては一所懸命にやらなければ、
底の浅さが露呈してしまう。
人間が「美」を感じるのは、
頭と体の限界まで犠牲を捧げきったところ、
なのではないでしょうか。


(陶芸家:葉山有樹)


葉山氏の言葉には、
もちろん異論がある人も多いと推察するが、
それでも氏の名前で画像検索してみると、
その言葉の説得力がとても強くなる。


個人的に漫画家の五十嵐大介氏と
フレンチ料理人の北島素幸氏の選択に「おっ!」と思った。
取材者へ深く入っていきながらも、
インタビュアーの木村氏の姿は隠されていて、
取材者のひとり語りのような体裁になっている。


最後は気仙沼の造船技術者が震災後の希望を語る構成も◎!




(第7位からは次回に)