「シュガーマン 奇跡に愛された男」


「シュガーマン 奇跡に愛された男」
岡山の映画館上映最終日に観に行ってきました。
http://www.sugarman.jp/





まず見せ方が巧い。
南アフリカの美しい海をバックに
哀調を帯びた1970年の「シュガーマン」が流れる。
誰が持ち込んだかは定かではないが、
アメリカから運ばれたロドリゲスのLPが
アパルトヘイト圧政下にある南アフリカで、反体制の歌として大人気となり
LPは50万枚以上売れ、シュガーマンを歌ったロドリゲスは
当時のビートルズサイモン&ガーファンクルに匹敵する大スターとなった。


場面が変わって荒涼としたデトロイト。
70年当時のロドリゲスの姿を再現しながら
かつての大物プロデューサーたちが
ロドリゲスの才能は本物だった、と口を揃える。
そして続ける。
しかしアメリカでは全く売れなかった、と。


前述の南アフリカにいる中古レコード屋の店主が
あの素晴らしい音楽を生み出したロドリゲスは何者なのか?と探しだすが
さっぱり行方は知れず。
ステージでの拳銃自殺説や刑務所での獄死…などいろいろ説はあるが、不明。
時が経ち、インターネットのHPに「ロドリゲスを知りませんか?」という
牛乳パックにロドリゲスの顔写真を載せたものをUPする。
(海外では行方不明の子供の顔写真を牛乳パックに載せることから?)


そして深夜、中古レコード店主の元へ運命の電話がかかる。
「お探しのロドリゲス、うちのお父さんですけど…」





大変良い映画だと思ったし、高評価を受けるのも納得。
多くの人へ観て欲しい映画です。




以下ネタバレ
(難しいでしょうができれば映画を観てから
 続きを読んで欲しいのです…)






自分の感想は肯定と否定とで二転三転してしまって。


まず、ずっと報われなかったロドリゲス氏が
南アフリカで熱狂的な歓迎を受けるシンデレラ・ストーリーとしての感動。
観客は5000人が集まり、6回の公演は全てソールド・アウトというから
今でも並大抵の人気ではないことが充分理解できる。
「アイ ワンダー」をロドリゲス氏が歌い出した時の
観客の感極まった表情には
待ち望んだスターが目の前に現れた感動を自分も共有してしまった。
これは素直な肯定の感動。



しかし・・・本当にロドリゲス氏は報われたのだろうか?
南アフリカで50万枚以上売れたといっても
海賊版だったため本人には一銭も入らず、
(印税をアメリカのレコード会社が着服した?)
住んでいるデトロイトでは相変わらず住居の改修など
底辺肉体労働の仕事に就き続け、
インタビューで見るに粗野な人間に囲まれ、
立派とは到底言えない家に40年間住み続けている。
「自分の才能を認められる約束の地があったんだ!」
という真実の発見は喜ばしいものかも知れないが、
日常を過ごすクソみたいな世界と最底辺の自分の現状を比較するに
その落差に死にたくならないだろうか?
南アフリカからデトロイトへ戻った時の娘の言葉が言い当てている。
「馬車はカボチャに戻ったのよ」



それでもロドリゲス氏の人となりを見ているうちに・・・
もう一度感想は変わった。
底辺の仕事へ赴くときも彼はいつも身奇麗にしていた。
その仕事は誰よりも熱心に、真摯に行なっていた。
読書家であった。
娘たちを美術館や図書館、科学博物館などへ連れて
一流のものに触れさせようとした。
労働者階級の代表として何度も市長へ立候補した。
(しかし一度も当選しなかった)


南アフリカでの大人気を、
ロドリゲス氏が知ることができたのは、とても良いこと。
そしてロドリゲス氏の音楽と、
その物語を知ることができた多くの人にとっても良いこと。


しかし、それとは全く関係のないところに価値はあったと自分は思う。
価値。それはロドリゲス氏の心の中に。
「自分自身が認められる宝石は、自分の心にあるか?」ということ。
そしてそれを常に、どんな酷い境遇でも、磨き続けていられるか?ということだ。
自分自身が納得できるものを持ち続けられるだろうか?と自身へ問われている気がした。


ロドリゲス。彼は、変わらなかったのだ。





サウンドトラック、もちろん買いました。
華やかな南アフリカのステージよりも
雪吹きすさぶ荒れたデトロイトの街を前へ傾きながら歩くような
ロドリゲス氏の姿が目に浮かんできます。
歌は、その人と、その人がいる地から生まれるものだなあ、
という感慨と共に。



シュガーマン 奇跡に愛された男」、本当に良い作品でした。



シュガーマン 奇跡に愛された男 オリジナル・サウンドトラック

シュガーマン 奇跡に愛された男 オリジナル・サウンドトラック