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1府3県旅行記 その3

 

 

MODOKI10年ぶりの演奏会。
佐賀市民文化会館中ホールは814席なのだが
一番前の席以外は、ほぼ埋まっているほどの人気。

 

 

 


さて、この演奏会の詳しい感想は
こちらの方がじっくり丁寧に細かく隅々まで
http://talk21self2.blog111.fc2.com/
書いて下さるだろうからみなさん「続きはまだ?!」と
催促のコメントなりメールを送って差し上げるように。
…このペースだと終了まで全10回ぐらいになるんじゃ。
私の感想は比較的あっさりめで行きます。

 

 



第1ステージは
ルネッサンス・バロックの響きと題されたもの。
演奏される宗教曲にふさわしい抑えた照明の中、
50人を越えるMODOKI団員さんがステージへ。
女声は全員暗譜、男声も半分ほど暗譜なのが
この演奏会への意気込みを感じさせ。

盛大な拍手に迎えられた山本啓之さんの指揮で。


Thomas Tallis
The Lamentations of JeremiahⅠ
(エレミアの哀歌よりⅠ)

たぎるような熱い想い、しかしそれを全面に出さず秘し、
なめらかに流れ、聴く者の胸へたどりつくような歌。
だがあふれる想いは抑えきれず、徐々に強さを増し
やがて体の底からの訴えとなり炎となるよう。

かつての故郷が失われた悲しみ、その切なさ。
すべての音に血が通っているような演奏。
これがMODOKIだ! と宣言するようなスタート。


Antonio Lotti
Crucifixus (十字架)では
ステージ上に光る十字架に照らされるように
輝きに満ちた旋律。
その旋律の温かみと祈りにこみ上げてくるものが…。

 



第2ステージは
ロマン派の響きと題された3曲。


Felix Mendelssohn
Drei Motetten Op69(2つのモテット 作品69)より
Herr,nunn Lässest du deinen Diener in Frieden fahren
(主よ、今こそあなたは、このしもべを)

始まりは重い石をゆっくり転がすような旋律。
それが自在さを加え、さまざまな感情が乗っていく。
特に四重唱から合唱へ移る輝きと来たら!
テキストは同じだが、湧き出る想いと音楽の変化と共に
灼熱、柔和、優美…声の選択にも感じ入る美しい演奏。


Josef Gabriel Rheinberger
Abendlied,op.69,No.3(夕べの歌)
MODKIの旋律の強さと持続力に改めて唸らされる。


Johannes Brahms
Zwei Motetten Op74(2つのモテット)より
Warum ist das Licht gegeben dem Mühseligen
(なぜ悩み苦しむ人々に光が与えられたのか)

前半3ステージの中で
この曲が一番良かったと感じられた人も多かったのでは。
コンクールで演奏されたということもあるが
「Warum(なぜ?)」の叫びのような始まりから
節目ごとの音楽、
さらにその節目内での音楽、表現の変化と奥深さが
他の曲より1段、2段ほど上。
同じ「なぜ?」が諦めや、時には独り言のように

全く違ったニュアンスで聴こえる表現の妙。
そして苦しみからの解放としてのフーガの光。
さらに光は慰めとなって力強いコラールへ。
音楽が紡ぐひとつの物語として自分は聴いた。



第3ステージは
近現代の響きと題された4曲。

山本さんのロマンティックな資質が発揮された
Max Reger
8 Geistliche Gesänge Op138(8つの宗教的合唱曲 作品138)
Nachtlied(夜の歌)から始まり。


Frank Martin
MESSE より CREDO
この有名曲、2重合唱を50数人でも
まったく聴き劣りさせず伝わる緊張感とドラマ性。
MODOKIの誇るBassの豊潤な声が演奏を支え。
さらに音を充分に鳴らすだけではなく、
要所要所のリズムの軽やかさが演奏に説得力を。
後半のかなり遅くとったテンポは
ここまでやっても歌えるという意志の表れか。
最後「Amen」のロングトーンが一層強く響いたように感じた。


Francis Poulenc
Quatre motets pour le temps de noël
(クリスマスのための4つのモテット)より
O magnum mysterium(おお、大いなる神秘)

この曲のMODOKIの演奏は色々なことを考えさせられた。
もちろん錬度は充分だし、楽曲の神秘性も出ている。
ただ…Poulencとしては想いが勝ち過ぎのように感じてしまうのだ。

以前、ある団体が演奏する曲で

コンピューターミュージックのように
感情を込めず、無機的、機械的に処理されていた箇所を、

山本さんが「自分ならこう演奏する」と、

非常に歌を喚起するイメージを話されていたのを思い出す。
今回の O magnum mysterium。
自分がPoulencに感じる音楽の冷たさ、客観性、対象との距離感。
それらがあまり無いMODOKIの演奏はとても面白かった。
もしMODOKIの表現の幅を広げる要素があるとするなら
そういう「血の通わない」部分かもしれないが、
それはMODOKIの存在意義そのものを否定することかもしれない。



Eric Whitacre 
Lux Aurumque(黄金の光)


ウィテカー特有のハーモニーは神秘的に響き、
旋律のリフレインが効果を上げる。
永遠や宇宙を感じさせるような空間。
この3ステージを美しく締めくくった。



「15分間の休憩です」と
知らされた途端、ふぅ…と深く息を吐き、
初めて座席に深く体を沈めた。
前傾姿勢で聴かないと何かに負けそうだったのだ。
ここまで9曲だがどの曲も抜けが無い。
逃げず、真っ直ぐ、力の限りというのが伝わる演奏。
山本さん、MODOKIの面々から「どうだ!」と
真剣勝負を挑まれているような3ステージだった。


ホールの外に出て、
顔を合わせた北川昇先生から

「…この3ステージ、
 時間としては足りないかもしれないけど
 演奏の密度としてはこれだけで充分、
 ひとつの演奏会に匹敵しますね」

そのような言葉を聞いた。


「3ステージがひとつの演奏会に匹敵する」MODOKI演奏会。
残り、あと2ステージ。


 

 

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(つづきます)