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「三善晃先生の合唱作品を歌う会」と「音を継ぐ」

 

 

 

朝日新聞デジタルの「音を継ぐ」という連載は
今は三善晃先生の人となりや
作曲へ向かう厳しい姿などを
各界の人物の声で構成されているのですが
書き手があの吉田純子記者ということで
非常に読みでがある連載です。

その中で連載3回目の
「いつでも子どもの代弁者」から引用させてもらうと。
http://digital.asahi.com/articles/DA3S11856300.html

音楽評論家の片山杜秀さんが
三善先生が作曲された
アニメ「赤毛のアン」の主題歌について語られた後、

 

「三善自身の風情がどこか、永遠の少年のようだった。
それは、彼の中で、少年の頃から時間が
ずっと止まっていたからではないか」と片山さんは思う。

三善の時間を止めたのが、

機銃掃射で目の前の友を失った体験だ。
戦争は弱いものから傷つける。
真っ先に傷つくのが、本来は守られるべき子どもたちである。
この憤りが、慟哭に満ちた多くの児童合唱曲の礎となる。
三善は常に、子どもたちの代弁者だった。

 

 

この箇所から今年の5月2日に行われた
いずみホールでの
「三善晃先生の合唱作品を歌う会」を思い出しました。
指揮者:雨森文也先生のもと、
三善作品を歌いたい人たちが集まって開催された演奏会です。


その演奏会で作品ごとに雨森先生が語られた
「この作品が作られた際の三善先生のエピソード」が
非常に興味深く。

「唱歌の四季」の「夕焼小焼」で
ソプラノにHi-Cという非常に高い音があることに言及され

 


「三善先生は東京大空襲に遭い、
焼死体がたくさん横たわる背景に、
美しい夕陽が沈むのを見られた。


『あの風景が自分にHi-Cを書かせた。
だからあの音は、
綺麗な音じゃなくて良いんだよ…』と」

 

 

 

縄文という、死者と通じ合う
宗左近氏のテキストにも多く作曲された三善先生。
「夕焼小焼」の「お手々つないで みなかえろ」にも、
生者、そして死者とも手を繋いで帰ろうとの
強い思いが込められているのではないか…と、
その日の演奏で思ったのでした。

 

 

 

「三善晃先生の合唱作品を歌う会」
「夕焼小焼」の他にも
思いのこもった「沈黙の名」、
「地球へのピクニック」も良かったですけど、
指揮無しで平林知子先生のシンバルと共に演奏された
「クレーの絵本 第一集」から「選ばれた場所」が特に良かった!
男女入り混じり、服装もさまざま。
それぞれの音楽、
ジャズ・ブルースの調べに乗るさまに自由を感じました。

 

三善先生の作風の幅広さを改めて感じると同時に、
歌うことの意味も教えられる、熱く、濃い演奏会。


今年も、来年の演奏会のために
歌う方を募集しているそうですよ。

 

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http://miyoshi-chorus.hatenablog.jp/entries/2015/07/19

 


混声「交聲詩 海」や女声「のら犬ドジ」や男声
「遊星ひとつ」など名曲が目白押し!

大変素晴らしい企画だと思うので
興味を持たれた方は是非どうぞ!