大丈夫? あなたの合唱団のネット窓口! その3

 

 

いろいろなご意見をありがとうございます。
本来の予定では
「ふさわしいネット窓口の対応とは何か?」と
具体例を出し、この企画を終わらせる予定でしたが
コメントに対する返答が長くなりましたので
重複する部分もありますが
「その3」の記事として書かせていただきます。

 


コメントの論調で
「現実の事例を出すことで
 ネット窓口の担当者が傷つくのではないか」
というものがありました。


個人が事例に挙げられることで
当事者が傷ついたり不快に思われることは
申し訳なく思いますし、
それは私の筆力が未熟なためであり、
反省しております。

ただ、わかっていただきたいのは
まず私も
「メールを無視され、酷い対応をされ、傷ついた被害者」
ということです。

「おまえの勝手なブログ企画依頼のメールなんか
 どうでもいい」と思われるかもしれません。

しかし、私以外にも
「私と同じようにネット窓口の対応で傷ついた人が多くいる」
…ということをご理解ください。
このことを第1回から強く記すべきでした。
反省しています。



想像してみて下さい。
ブログ企画の依頼に
「団の意向に沿わないのでお断りします」
という返信メールを送れないネット窓口の担当者が
「チラシ挟み」や「見学希望」や
「情宣活動」や果ては「演奏依頼」に至るまで
迅速に丁寧に対応できる可能性はどれほどのものでしょう?

私の、そして知人の、事例以外の合唱団の対応にも
そんな報告はいくつもあります。
「何通もチラシ挟みのメールを送ったがすべて無視された」
「何回も練習見学のメールを送ったが返事は来なかった」

これを読んでいるあなた自身、
そして周囲の方にも
そんな経験の方がいらっしゃるのではないでしょうか。

今回、現実の事例を出すことで
傷ついたネット窓口の担当者が数名いると指摘されました。
しかし、そのネット窓口担当者から
メールを無視され、酷い言葉をかけられ、
不快に思い、傷ついた人間は
何倍、何十倍もいる可能性を考えて欲しいのです。

「数の論理じゃない」と言われる方もいらっしゃるかもしれません。
では、せめて、
今まさに無視され傷ついている人たちに
事例に出したネット窓口担当者と同じくらいの
あなたの優しい気持ちを分け与えて欲しいのです。


いま、そしてこれから、
心無い対応で傷つく何十もの人を
減らすために必要なことは何かと考えて欲しいのです。





それではコメントにあったご指摘に対し
答えさせていただきます。
(最後に「まとめとして」の項で
 まとめています)



●現実の団体を事例とする影響力について

Arsさんは「取材をして記事にした決して多くはない団体」と
書かれていますが
事例1、3に当てはまる、取材を受けていただいた団体は
8年間で優に百を越えます。
事例2の場合でも30~40団体に及びます。
この数は「決して多くはない」でしょうか?
つまり事例を起こした団体は数%です。

この可能性から、他の団体に余計なバイアスがかかったり
憶測を生んだりする可能性はもちろんあるかもしれませんが、
そのバイアスや憶測は強いものではないと私は考えます。

また、これはさらに批判されるかもしれませんが
容易に特定可能の場合はまったく別として
低い可能性でのバイアスや憶測を生むのは
そこまで悪いことでしょうか?


この記事の趣旨は
「こういう現実の事例があった。
 自分の団のネット窓口は大丈夫だろうか?」と
自団を省みていただき、無視や酷い対応で傷つく人を
少しでも減らしたいという願いです。
現在素晴らしいネット対応をしていただいている団体でも
担当者やシステムが変われば
挙げた事例のようなことは起こりえます。

「私の団は大丈夫でしょう!」と
スルーをされない為にも
自団を省みてもらうためにも
「私の団体にもその可能性が若干あるのでは?」
という疑問を持つための
数パーセント程度のバイアス、
憶測は必要なのではないでしょうか。






●具体例を挙げることは個人、団体への攻撃なのか?

まず明らかにしたいのは
事例を書くにあたって私はネット窓口担当者の
人格を否定したり、攻撃の言葉は書いていません。
受け止め方によるとは思いますが
攻撃や嫌がらせ、報復の意図はもちろん私にはありません。
(本当にそういう意図があったら
 担当者や合唱団の実名、イニシャルを書くなど
 ほのめかしをするのではないでしょうか)

ブログ企画の依頼をし、
現実に起こったことを誇張せず記し、
その過程で私が驚いたり困惑したことを書いただけです。


さらに、Kさんは事例の本人であることから不快に思った、
Arsさんは当事者が不快に思うはずと想像されています。

人の感じ方はそれぞれで尊重したいのですが
私の場合、この事例を書くにあたって、
もしこのようなことが自分に起こったらどう思うだろう?
と想像してみました。
みなさんもどうか想像してみて下さい。



・・・やってはいけない失敗を何度も繰り返し、
さらに後になってフォローもせず、
合唱団の他の人に知らせることもなく、
時が過ぎるままにしていた。
ある日、ブログで自分が起こした失敗が
書かれているのを見つける。

当時を思い返し、恥ずかしくなり、反省する。
どうしてあの時適切な行動ができなかったかと後悔する。
そして、その書かれていることが自分の団を特定し、
自身を特定されてはいないか不安になる。
しかし、その可能性はかなり低いことに安堵する・・・。




実体験を元にした私の想像はこういうものです。
もちろん「そんなはずはない」と
Kさん、Arsさんは思うかもしれません。
しかし私と同じように思う人間も多いはずです。

そして、おそらく私はこうも思うでしょう。
特定されない、このブログ記事をきっかけにして、
同じような失敗は2度としないと。
傷つく、不快に思うとKさん、Arsさんは書かれています。
しかし、過去の失敗を目の当たりにして
反省し、どうすればいいか考えることで
より良い未来へ進むきっかけになることもあるはずです。

 

Kさん、Arsさんに同意される方へ尋ねたいのですが
過去の失敗を目の当たりにした時
不快になり、周りを責めるだけなのでしょうか?
自分の失敗を認め、新しく強く立ち上がる自分は
かけらも存在しないのでしょうか?







●事例が現実である必要性は?


例えば今回の記事の事例が現実では無く
「この事例はフィクションです」と書かれていたら
読まれる方は「こんなことありえない」「誇張し過ぎ」と
思うのではないでしょうか?

本当に申し訳ないのですが
フィクションをもとにして
心に響く文章は現段階では私の技量では無理と判断しました。


最初に書きましたがこの記事の趣旨は

「こういう現実の事例があった。
 自分の団のネット窓口は大丈夫だろうか?」

と自団を省みていただき、
ネット窓口の不備で傷つく方を減らすというものです。

現実だからこその説得力があるからこそ、
自団のネット窓口への関心が
強く生まれるのではないでしょうか。







●まとめとして

長々と書いてしまいましたが
まとめますと、
私はネット担当者個人を攻撃したり報復する意図はありません。

現実の事例を挙げ、特定の可能性は
数パーセント程度の低いものと私は考えます。
そしてそれくらいの可能性による低いバイアスや憶測は
自分の団のネット窓口に不備があるのでは?と思わせる
力に繋がると考えます。


個人が事例に挙げられることで
当事者が傷ついたり不快に思われることは申し訳なく思いますし、
それは私の筆力が未熟なためであり、反省し、精進いたします。
ただ私は、この記事で特定されずに
過去の失敗を目の当たりにすることで
ふたたび失敗をしない、より良い未来へ進む可能性が
あると実体験から考えます。


他の方の言葉ですが
ネット窓口不備の怖いところは
合唱団の「他のみんなが知らないうちに」
合唱団自体の評価が下がってることです。

現在素晴らしいネット対応をしていただいている団体でも
担当者やシステムが変われば
挙げた事例のようなことは起こりえます。

担当者だけの問題を問うのではなく、
システム、自分たちの団の問題とする
この記事の趣旨についてご理解して欲しいと思います。


そしてどうか、最後にお願いです。
今まさにメールを無視され続けたり
酷い言葉をかけられている人たちにも
事例のネット窓口担当者と同じくらいの
あなたの優しさを分け与えてもらえないでしょうか。
どうすればそういう人たちが減らせられるか、
どうか、考えてみて下さい。

よろしくお願いいたします。

 

 

 

 

(最終回へ続きます)