スウェーデン放送合唱団倉敷公演感想 最終回


続いてはヒルボルイのムウヲオアヱエユイユエアオウム
(16声部の混声合唱のための)


オーロラからインスピレーションを受けたという歌詞のないこの曲。
なにわコラリアーズ、Guiness Singersといった
男声合唱で聴いたことはあるが混声では初めて。


(…空調の音?)と感じた一瞬の後、演奏が始まっているのに気付く。
古いエアコンの稼動音と錯覚するような男声の呼吸音、低い持続音。
それに集中度が高い女声の超弱音が重なっていく。


日本の男声合唱団でこの曲を聴いた時は
笙などアジア系の楽器の音が聞こえてきたのだが
今回のスウェーデン放送合唱団の演奏は
ソプラノとテノールが共鳴し合う金属音や
前述のエアコンの稼動音など、
どちらかというと人工的な音を多く連想したような気がする。


床を震わす低音から
非可聴域に届きそうな高音まで。
切れ目なく続いていく中、人の声とは思えない音の表情。
変幻自在に顔を変え、姿を変え、
ゆらめく色の束が目の前に現れてきたような印象。


最弱音が空間へ吸い込まれると
今までのカラフルな音の空間が幻だったような静寂が包んだ。
それは「音の体験」とも言うべき演奏だった。




続いてはプーランク
ミサ曲ト長調より「キリエ」「グローリア」。
この曲は難曲ということもあろうがテンションがやや高い。
合唱からソリストへ音楽が移っても
響き、音圧がさほど変わらない印象なのがさすが!


Kyrieの最後のフレーズのなめらかな美しさに感嘆すると共に、
難曲でシンプルな美しさを感じさせるには
これだけの高い歌唱技術があってこそなのだなと思う。



続いてのサンドストレームのアニュス・デイも
椅子に深く座り、安定感ある演奏をゆったりと聴く。
またそういう聴き方が、
サンドストレムが意図したような
重層的な様々な音の表情を聴けたような気がする。



最後のステージはラフマノノフ「晩祷」より
第1,2,6,8,9曲。
このステージで初めてSATBの並びへ。



熱い!
これまでの一歩引いたような演奏は何だったのか?と思わせるほどの
情熱のほとばしるような熱さ。力強さ。そして緊張感。



この曲の演奏ではスヴェシニコフ指揮、
ソビエト国立アカデミー・ロシア合唱団が演奏する「晩祷」を
思い出してしまうのだが
その低音の重厚さには及ばないまでも
バスの「ここぞ!」とばかりに響かせる深い低音の魅力。
それに童女のように清らかな女声が光と影のように交錯する。



音楽的にも波の満ち引きのように
徐々に高まり引いていく大変長いフレーズを形作ったり
前述のように力強い男声と純な女声の立体的な対比など
現代的なセンスを加味したダイクストラ氏の音楽性に感心。



ロシア正教の晩祷は楽器を使わない声だけの音楽なのだが。
それでもその鳴り渡る声の充実した響きに
幻の大鐘が強く鳴らされる中、
一心に歌う人々の聖歌が鐘の音を貫き、耳と心へ届く。
・・・そんなイメージを持ってしまった。



最終曲の「主よ爾は崇め讃めらる」では
男声の鋭いリズムが徐々に沸き立ち、
ある意味叫びのような、祈りがこもる女声の歌。
「Аллилуиа(アリルイヤ)」がなんと強く響くことか!
テンションを少しも落とすことなく盛り上げ歌い切った!



この「晩祷」を聴けただけでもこの演奏会に来た甲斐はあった。
そう思わせるほど、耳と胸が熱くなり目が潤むほどの演奏だった。




アンコール1曲目はサンドストレームの「ヘラジカの歌」。
バスの低音から軽やかなリズム、民謡風な旋律。
表情変化の巧さに唸りましたが
サンドストレームってこんな楽しい曲も作ってたんですねえ。
アンコールにふさわしい曲です。


2曲目は武満徹編曲の日本古謡「さくら」。
日本の合唱団で聴くような
各パートの旋律がそれぞれ耳に入るのとは違った、
ひとつの結晶のような
まさに「響き」と言うしかない重なり合った「音」。
この曲の幻想性をより深く感じさせた演奏。


アンコール最後の曲はアルヴェーン
「そして乙女は輪になって踊る」
ここでスウェーデン放送合唱団も暗譜。
勢い良く歌い上げ、いかにもアンコール!という雰囲気の
楽しい締めとなった。




個々人の歌唱力の高さ、聴き合い、紡がれる響きの深さ、多彩さ。
スウェーデン放送合唱団の美点は多々あるが
楽曲にふさわしく、歌う姿勢、音色を、
これほどまでに変えることができる合唱団なんだなあ…というのが
一番感銘を受けたこと。
特に「晩祷」でのまるで別合唱団のように燃える熱さは
当分忘れることはできないだろう。


人の声、合唱というものの可能性。
そして良い音楽というものがどれほど豊かなものを
聴く自分へもたらしてくれるか。
それを再認識できる素晴らしい演奏会だった。



(おわり)




追記:文中に記したスヴェシニコフ指揮、
ソビエト国立アカデミー・ロシア合唱団が演奏する「晩祷」。


http://www.onfield.net/hihou/contents/01.html
(↑ 素敵な紹介記事のブログ)


http://www.youtube.com/watch?v=rWKA7i_JJ2M
(↑ 全曲がYouTubeに上がっていました。
 モラルとして許されないのかもしれないのですが
 廃盤CDということでどうかご容赦を・・・。


 私は2曲目のメゾ・ソプラノ、クララ・コルカンの歌唱が大好きです。
 紹介記事ブログの「何だか部屋が寒くなってくる」ではないですが
 聴くたびに故郷である北海道の白の大平原に降りしきる雪を
 思い出してしまいます・・・)