いしいしんじ「ある一日」

ある一日

ある一日




いしいしんじ「ある一日」


京都に住む四十代夫婦、慎二、園子。
出産へ至るまでの136ページの物語。…と書くと簡単だが、これは傑作。大傑作だった。
真夜中に目覚めてふと読み始めたら止まらない。


京都、三浦、キューバ、ニューヨーク、八重山諸島、チリ、マリアナ海溝
訪れたことのある、ない、世界のどこか。
うなぎ、はも、松茸。食べながら食べられるもの。
空間と生き物を自在に重ね合わせながら「世界と生」を描こうとする。
出産の激痛に耐える園子、見守る慎二。そして生まれる「いきもの」と視点を移しながら。




園子さんの裏面まで書かれたというバースプランを読み終えると夜が明けていた。
外へ出て自転車を走らせてみた。
早朝の曇り空はいつか中から透かした景色のようにぼんやり光っていた。
夏の生ぬるい風に乗った濃い緑の匂いの中に花の香りが鼻を刺した。
曇り空から耐えかねたようにぽつりと一滴、水が頬に落ちた。
この水も自分の中を流れる水もかつて体を包んでいた水も同じかもしれない。

えんえん、えんえん。腹が空いたのではないし、また、眠りたいわけでもないのだと、泣き顔を見つめながら慎二は直感した。いまここに、こうしている。そのことがたまらないのだ。この小さな存在を安楽に取りまいてきた世界は、いまはもう、ばらばらにこわれてしまった。散らばってしまった断片をこれから、ひとつずつ、ひとつずつ、小さなからだで集め、つなぎ合わせていかなくてはならない。それでもけして元へはかえらない。


「ある一日」より

世界に散らばったばらばらの断片を集めてつなぎ合わせる・・・。
それが生きていくということなのかもなあ、と思ったのです。
「ある一日」、すごい傑作ですよ。