淀川混声合唱団第24回演奏会感想




自分は合唱を楽しんでいるだろうか?
そう思ったのは先々月、
東京で活動する人気トリオのライブが開かれる
地元のジャズ喫茶を訪れた時だった。
盛り上がったステージのクライマックスでSaxが長いソロを取った時、
客席で、おそらく大学のジャズ研なのだろう。
20歳ぐらいの若い男性が
満面の笑みをたたえ、その音楽に体を揺らし、
この上ない喜びを体中から発散していた。
彼は明らかに楽しんでいる。


ふと思った。
自分がそのライブを楽しんでいなかったわけではない。
そしてジャズだけではなく、
合唱だって自分にとって聴くのは喜びのはずだ。
しかし、自分は合唱を「楽しんで」いるだろうか?



9月16日の土曜日。
梅田で昼食後、いずみホールへ向かう。
大阪環状線に乗ったものの逆周りに乗ったことに気づき、
慌てて降りる。
さらに正しい環状線に乗ったはいいが、居眠りしてしまい
目的の大阪城公園駅をはるかに過ぎた駅で起きる。
それが開演15時の20分前。


14:53に大阪城公園駅で降り、全速力で汗まみれになって走り
開演5分前のベルが鳴り終わる頃に会場入り。
座席引換で渡された席はなんと最前列!
えー、2週間ほど前の団員さん情報では
「前売りは6割ぐらいの埋まり」って言ってたじゃない?!


そんなわけで超満員のいずみホール。
ホール最前列で合唱を聴くなんて
高校時代の市民合唱祭で演奏に飽きて席を移ったとき以来。


入場する団長さんと目が合い、
お互い苦笑交じりの笑みを交わす。
プログラムのメンバー表ではSop.27 Alt.19 Ten.12 Bass20
70人超の大合唱団です。


指揮はすべて伊東恵司さん。


第1ステージ 大岡信:詩 木下牧子:作曲 「方舟」
ピアノは細見真理子さん


「水底吹笛」からソプラノの声が若く、細く、
音色がほとんど変えられないことに「あれっ?」と。
しかし歌いまわしの良さと言葉への繊細さが補います。
さらに伊東さんの構成の確かさ。
ブロックごとに音楽が変化するのを明確に聴かせるため
ソプラノの表現力不足をそれほど感じさせない。


「木馬」でもアンニュイな雰囲気を声で表すのは難しいようだが
それを言葉のニュアンスで救う印象。
(ソプラノばかり言及しているけれど
 やはり合唱の華であるソプラノは目立ってしまうので…)


「夏のおもひに」ではテンポがやや遅めなのに対応できなかったのか。
どのフレーズも入りが揃わず、その影響でフレーズが乗り切れない。
(最初、指揮のタイミングが難しいのかと思ったが
 「方舟」では完璧な入りだったので違うようだ)
ソプラノの非力を補うためか、
他の曲の演奏ではテンポを揺らさず
割合サクサク進む感じだったのだが、
この曲に関してだけは伊東さんのテンポを強く主張したような…。
無伴奏からのクレッシェンド「このゆふべ海辺の…」からは
強く高まる心と重なり非常に伝わるものがありました。



最終曲「方舟」。


「空を渡れ 錨をあげる星座の船団」


やはりこのフレーズ、言葉は震える!


プログラム、団長:林さんの「ごあいさつ」で
この方舟を
「30余年を経た今も決して古さを感じさせない作品」と記されているが
本当にそういう印象。
言葉の鋭い選択とその連なり、それを見事に音像化した作曲。
名曲という思いを新たにしました。
大人数というだけではなく、変拍子にくらいつき、
深く共感して歌う淀川混声のみなさんも見事!


最前列で余計な声を耳が拾っているせいもあるのだろうが
この演奏会を通してソプラノがやや非力、
まとまりが少なく混声としての役割を理解しきれていないテナー、と
どうしても気になってしまったのだけど。


しかしその分、発声技術をカバーする伊東さんの
アーティキュレーション、言葉の扱い方、構成の巧みさが
非常に勉強になりました。
あと、団員さんの曲への没入感は素晴らしく、
女声などは顔の表情も凄く豊かなんですよね。
言葉の扱いの上手さも指揮者だけではなく、
歌い手自身の感性の若さゆえの繊細さも感じられ。
そういう面で(私と同年代、それ以上の方もいたけど)
雰囲気としては上質な大学合唱団の演奏のようでした。




第2ステージは千原英喜
混声合唱のための「Agnus Dei = 空海・真言・絶唱」


はじまりの男性の語りが熱演のこの演奏。


ただ率直に言うと・・・曲としてどうなのかな?と疑問が。
空海の真言、密教とキリスト教「Agnus Dei」を組み合わせていることに
非常に違和感を感じてしまいました。
インパクトは強く、最後はステージの前に出て一斉に鳴り物を鳴らす、など
演出効果が高い曲なんですが
(和歌山児童合唱団の宝塚国際室内合唱コンクールでこの曲の演奏は
 シアターピース部門でした)
そこにも浅さを感じてしまうと言うか…。
もうちょっと真言なら真言、密教なら密教だけで
世界を作れないものなのか。
東洋と西洋の交差というのは千原氏にとって重要なテーマなのだろうけど
作品としての表し方に残念ながら私はあまり根拠を感じられないんですよね。


1パートだけで裸になる箇所がほとんど無い曲のためか
ソプラノも前ステージほど気にならず。
声が乗ってきたのか
混声の響きとしても充実度が増している印象もありました。




第3ステージ
English Folk-songs


イギリス民謡をラターなどの編曲によって6曲。
ここから男声はスーツになり、
伊東さんは赤の蝶タイ、男声は赤のハンカチーフ、
女声はドレスに首に赤のリボン。
(前半2ステージは黒色の統一というだけでラフな服装に
 アクセントをステージごとに変えていました。
 こういうのは簡単でオシャレに見えますね)


日本語では無い分、淀混の強みである言葉への繊細な感覚は少なく、
歌いこみが足りないのかもうひとつ演奏に深みが欲しいところ。
全日本男声の課題曲で名演が記憶に残る
「Bushes and Briars(茂みといばら)」や
よく知られている「Londonderry Air(ロンドンデリーの歌)」の
ヴォカリーズ版なども演奏。
最初の「The British Grenadiers(英国擲弾兵)」は
ファンファーレのような楽しい始まりだったし、
「Dashing away with the smoothing iron
 (アイロン持って走り去った)」は
軽やかなリズムに女声の楽しげな雰囲気が好印象。
「Early one Morning(ある朝早く)」は
歌の追いかけっこが楽しい曲でした。




第4ステージは
みなづきみのり:詩 松本望:曲
混声合唱とピアノのための組曲「歌が生まれるとき」


ピアニストとして作曲家ご自身が登場。
若い!30歳ぐらいでしたっけ?
(札幌北高の卒業生で49期ってどれくらい?)


今までのステージとは別団体のような緊張感。
真の意味で自作自演のこのステージ。


いやあ、素晴らしいとは聞いていたが
松本望さんのピアノは凄い。
第一音からその音の存在感に呑まれるというか…。


この組曲は最終曲の「アポロンの竪琴」の他は
聴いたことがなかったのだけど
三善晃の系譜に
「明快なメロディラインはもとより、
 リズムやコード進行はロックやポップスの要素を多分に取り入れた音楽」。


プログラムによると松本望さんが当時ハマっていた
ある1枚のプログレッシヴ・ロックCDの影響が大だとか。

その後別のCDに出会い
そもそもロックとはもっと複雑で奥深く、
要素とか何とか思っていた事柄は、
ロックのほんの上澄みに触れて
自分が勝手に捉えたものだということを
思い知らされて愕然とした。
そのことをふまえて今この曲の正しい説明をすると、
「ロックやポップスを少しだけかじって、
"もどき”として曲に落としこんでみました。」
という感じになる。

全4曲中最初の「沈黙」と最後の「アポロンの竪琴」がピアノ伴奏。
速いテンポで歌われる鋭い曲調の「なぜ」
対照的に静かでゆったりとした曲想の「樹の音」という
2曲の無伴奏を挟む形。
「樹の音」のハミングで演奏される旋律の美しさが心に響きました。


全曲を通じてブロックごとの音楽の変化が新鮮で魅力的!


この最終ステージ、聴き続けていくうちに
自分の変化に気づいた。
失敗のため最前列で演奏を聴く事態になったのだけど、
いつもは合唱演奏を聴く際に気になり、考えてしまう
サウンド、響きという感覚。
生声がどうしても混じって聞こえる最前列では
気にしたって考えたってしょうがない。
今まで重要に思っていた事柄について考えるのを捨てたとき。
・・・すると、予想外なことに
いつもより演奏へ集中できている自分がいた。



最終曲「アポロンの竪琴」。
ピアノが伴奏ではなく、まさに合唱とピアノの協演。
力強い音、存在感ある音というだけではなく、
ピアノが合唱と対峙する。
あるいは支え、支えられ、共に手を取り合って
世界を作っていく…そんな姿が眼前で繰り広げられる。
松本望という優れた音楽家の力は世界を一変させてしまう。
あの小さな体にどれだけのエネルギーが詰まっているんだろう?と
不思議に思うほどの素晴らしいピアノ。
実際に目の前でパフォーマンスする存在の凄みと素晴らしさ。


さらに歌、合唱を心から愛し、
全存在を捧げていると言っても過言ではないみなづきさんの詩だけあって
淀混メンバーも全存在で深く共感し、
歌う意味とその価値を熱いメッセージとして問いかける。


音楽はあなたの歌声
あなたの言葉
あなたの叫び
あなたのつぶやき
あなたの物語の始まり


あなたは誰かのために歌うだろう



気づいてほしい
音楽はあなたからあなたの大切な誰かへと奏でられるものなのだということに
私たちが一人ではないことを確認するために…



想像してほしい
世界が音楽に満ちた日のことを
世界はときめきに溢れ人は人のために歌を歌っていることを
そして、あなたのうたを待っている人がいることを




「アポロンの竪琴」より


みなづきみのりHP「夢見る魚のあぶく」
http://minori.yumemirusakananoabuku.jp/song-poem/5-apollon/apollon6-lyre.html
(みなづきみのりさんより詩転載の許可を頂いております)




淀混メンバーの詩と曲へ心から共感し、
現れる豊かな歌と顔の表情。
いつもなら表情はあまり識別できない席で聴いているはずなのに
今は淀混メンバーの表情を間近で見ることによって
演奏者視点で曲の世界を味わい、
楽曲変化によるメンバーの心の動きに自分が同調する。
隣り合う声と重なるハーモニー。
心を浮き立たせ力づけるピアノの音。
声は体を通り音楽となりめぐりめぐる。


ああ。自分はいま確かに、楽しんでる!



曲の終わりに松本望さんのアルペジオが
音が光になってこぼれるのを視るような・・・。
何度も体の底から震えが立ち昇る感覚がある熱演であり名演だった。




考えること、演奏者と距離を保つこと。
ふだん心がけていることだがそれが無くなったことで
意外にも演奏を楽しむことにつながった。


もちろん考えたり、演奏者と距離を保って演奏を聴くのにも
楽しみが無いわけではないが、
思いがけない事態に身を置くことで
予想外の「気づき」があった。
これだからライブは面白い。


これもサウンドへの意識に優れていて、
楽曲へ心から共感し、豊かな表情と共に歌に表す
淀川混声合唱団だったからだろう。
重要な学びを得る機会を与えてくれたことに感謝!



(おわり)