2012年に読んだノンフィクションベスト10(3位〜)


第3位
沢木耕太郎「凍」

凍 (新潮文庫)

凍 (新潮文庫)


中国・ネパール国境の山:ギャチュンカン。
標高7,952mの難峰に
山野井泰史・妙子夫妻が挑んだノンフィクション。
2006年講談社ノンフィクション賞受賞作。


凄まじい作品。
漫画家の森薫氏と他の方が勧めていて、
久しぶりに読んだ沢木耕太郎作品だったのだけど読んで良かった。
ギャチュンカン北壁の描写も凄いが、山野井夫妻の意志の強さも凄い。
特に「決してパニックにならない」妙子さんは「おかしい人」レベル。


「極限という言葉を簡単に使うことは許されないが、
その近くまでは追い込まれているだろう」という記述が作中にあるが、
いやいや、遙か手前で「極限」と言っても誰からも文句は出ないだろう。
章ごと、いやページをめくるごとに「…ふーっ」と息を吐いてしまう。
無意識に息を詰めて読んでいたのだ。


山野井夫妻、帰還はするが重度の凍傷のため
山野井泰史さんは手足の指10本を切断してしまう。
一時は山への情熱を失ったかのように思えたが、
「赤ん坊」のような状態からクライミングを再開し、
徐々に難度の高い山へ登ることができるようになる。
山野井さんはこう書く。

指を失っても、
やはり何度か繰り返し登っているうちに登れるようになる。
自分が成長していることがはっきりわかる。
それは素朴に嬉しいことだった。
手と足の指がないことで、
その成長には絶対的な制約があるだろう。
しかし、その限界に到達するまでは
進歩しつづけることができるのかもしれない


あまりに臨場感あるノンフィクション作品なので、
どの程度作者:沢木氏の想像と創作が入っているのか、
取材方法は?などの興味も湧いてくる作品。
温かい布団で読むシアワセを感じさせてくれる
凄い本でありました!





第2位
ジョン・ロンソン「サイコパスを探せ! 狂気をめぐる冒険」

サイコパスを探せ! : 「狂気」をめぐる冒険

サイコパスを探せ! : 「狂気」をめぐる冒険


共感性や罪悪感の欠如、
自己価値への誇大な感覚が特徴とされる
サイコパス」を追求するノンフィクション。
一冊の謎めいた本からこの狂った世界の扉が開く。


ノンフィクションなのだが出来事の順序、切り取り方、
会話などが非常に面白いフィクションのよう。
精神病院に長年入院している正気を主張する犯罪者、
成功した実業家などがサイコパスチェックで照らされ疑われる。
その反面サイエントロジーという
既存の精神医学に反対する団体の主張の問題点もあり、
他者へ精神病のレッテルを貼ることの難しさも。
「はじめに結論ありき」ではなく
著者自身の土台も揺らぐような高橋秀実的な視点も秀逸。
「そんなにカンタンに他人をサイコパスと断じちゃう
 あんたがサイコパスなんでは?!」と突っ込んじゃう(笑)。


サイコパス」という言葉はかなり世に知られてきている。
でも実際、自分の身の回りにいる
冷淡で無責任で傲慢な同僚はサイコパス?!
などと簡単に決め付けちゃうのは危険なんだなあ。
それってあらゆる精神病も同じですよね。





第1位
小澤征爾さんと、音楽について話をする」

小澤征爾さんと、音楽について話をする

小澤征爾さんと、音楽について話をする


これは大変良い本。
村上春樹氏の音楽への深い知識と洞察にも驚かされるが、
小澤氏の自身の音楽の変化や
カラヤンバーンスタイン、協演した名プレーヤー、
オケとの話なども非常に興味深く面白く読める。


村上氏は音楽の専門的教育も受けず、
楽譜も読めない一音楽ファンだが、
それでも音楽を深く愛し聴き込むことで、
プロ中のプロの小澤氏も
時に驚くほどの知見を披露するのが面白かった。
もちろんそれは「作家:村上春樹」だからこそ、とも言えるが。


自分は小澤氏の音楽は正直好みとは言い難いのだけれど、
それでもその音楽哲学と方法論には本当に感じ入った。
最後の章はスイスでの若い弦楽奏者へのセミナーのレポート。
「教育」という未来へ繋ぐ内容がこれまた良く、
読後に色々と残る本でありました。お勧めします。



あと、「小澤征爾さんと、音楽について話をする」で
村上春樹氏は「文章と音楽との関係」という項にて、
音楽から文章を学んだ身として
文章におけるリズムの大切さを述べている。
書き手で残るか、遠からず消えていくかは、
文章にリズム感があるかどうかで、だいたい見分けられる、だと?!
気になるじゃねーか!

村上春樹
「言葉の組み合わせ、センテンスの組み合わせ、
 パラグラフの組み合わせ、硬軟・軽重の組み合わせ、
 均衡と不均衡の組み合わせ、句読点の組み合わせ、
 トーンの組み合わせによってリズムが出てきます。
 ポリリズムと言っていいかもしれない。」


「音楽と同じです。耳が良くないと、これができないんです。
 できる人にはできるし、できない人にはできません。
 わかる人にはわかるし、わからない人にはわからない」


リズム音痴、なんて言葉があるけど
「文章音痴」なんて言葉もあるのかなあ(涙