青春小説には縁遠くなった年齢ですが
「蜜蜂と遠雷」以来、素晴らしい作品に出逢いました。
佐藤多佳子「明るい夜に出かけて」
http://www.shinchosha.co.jp/book/419004/
第30回 山本周五郎賞受賞作品
大学を休学している富山くんは20歳。
コンビニの深夜バイトをしながら一人暮らし。
バイト中に来店した
ピンクのジャージ姿のヘンな女子高生のリュックに
深夜ラジオのノベルティバッジを見つけたところから
富山くんの休学の理由が明らかになっていく…。
いやあ、佐藤多佳子さんの人物造形は、やはり上手い!
主人公のメガネ男子、富山くん。
小柄で奇妙なファッションセンスの女子高生、佐古田。
富山くんと同級生の一言多い永山。
同じコンビニバイトで「歌い手」をしている鹿沢。
現代を象徴するような、
ある意味類型的な登場人物なんだけど、
読んでいくうちにそれぞれの人物の表情が見えてくる。
声が聞こえてくる。
彼ら彼女らはこの作品の中で生きている。
富山くんが深夜ラジオへの
ネタを投稿するいわゆる「職人」なことから
物語が広がっていくのだけど、
その深夜ラジオの番組も実在したもの。
オールナイトニッポン(懐かしい!)
アルコ&ピースの実在の放送を元にしていて。
これまた現代を表す素材なだけかと思いきや
作者の佐藤多佳子さんがラジオのヘビーリスナーで
このアルコ&ピースの番組の大ファンだったのだという。
小説でラジオを題材にすると
いつもはふざけているばかりのパーソナリティが
最後にリスナーとの心の共有があってホロリ…
なんてのがありがちだけど、そんなお約束から飛び出て
「無軌道でポップ」が身上のアルコ&ピースの番組を
「この世界を丸ごと残してやる!」という
気迫に満ちた佐藤さんの筆致もポイント。
radikoアプリ、LINE、ニコニコ動画の生放送、歌い手、
ツイッター、アメーバピグ・・・
2014年を象徴する言葉が散りばめられているが
3年経った今では少し古びてきている。
5年後には「そんなのもあったね」になるだろう。
しかし、それが過去のものでも、
最先端の今を象徴するものでも変わらないのは
必ずその向こうに「人」がいるという事実。
憧れのアルコ&ピースを生で見た後に
感想を聞かれ富沢くんは
「生きてるんだなーって」「ぼうっとしちゃった」と答える。
自分のライブに来る客はライトじゃない、と歌い手の鹿沢。
「すげえな」「客がいるって」と富沢くんは言い、
鹿沢が「客」をどう思ってるか。その客にむかって歌うこと、歌い手がネットに作品としてアップすること、自分を伝えること、たぶん、こいつはそんなに軽く考えてない。なんでもアリじゃない。守るべきものがあるのか。譲れない一線があるのか。
チャラい歌い手兼コンビニバイトと思っていた鹿沢を見直し、
表現者として認める大事な言葉だ。
自分が一番好きなシーンは
鹿沢がニコ動の生放送で
「明るい夜に出かけて」を歌った後すぐの20時、
富山くんが携帯も鍵も財布も持たずに走り
鹿沢のマンションまで行くところ。
ただ一言「よかったよ」と伝えるために。
帰り道、富山くんは同じく放送を観た佐古田に会うのだが
その後のシーンも良い。
「伝染する」と佐古田はつぶやいた後、独り言のように言うのだ。
「考えたことなかった。私が何か作る。他の人が、そこから、また何か作る。パクるんじゃなくて、ぜんぜん新しいものを作る」
読んでいる最中から、
富山くんが自分のように感じてしまうというよりは、
20歳の頃の自分が
富山くんのそばに立っているような感覚があった。
剥き出しの皮膚で、他人と上手く交われず、
未来は常に茫洋としていて。
富山くんとその仲間たちとの出会いは貴重なもの。
しかし、その出会いが
魔法のように物事を好転させるわけじゃない。
問題は残り、不安は漂い続ける。
でも人との出会いはそんな状況から
少しだけ、そう、少しだけ強張った顔をほぐし、
心を軽くする希望があると確信させる、素敵な小説だ。
他人の発したものを受け取り「伝染」し、
自分も何かを発しようとする。
いつもは暗い夜に向けて発信している人間が
アルコ&ピースのラジオのような「場」を得て
夜を明るく感じていく…。
自分も、そんな伝染を感じ、
場を作りたいと思っていたのだ、20歳の頃。
そしてそれは今も続いています。
誰とも繋がっている気がしない暗い夜、
ラジオの音にすがりついたことがあるすべての人へ。
佐藤多佳子「明るい夜に出かけて」をお勧めします。