合唱団訪問記:雨森文也先生へのインタビューその4

 

 

合唱団訪問記の再掲。

第4回は雨森先生の楽曲に対する姿勢などを。

(文豪の部屋HP掲載時 2002.5.31)

 

 

 

 

合唱団訪問記 

 

第24話

 

 

牡蠣くいねぇ(笑)

 


 

「合唱団訪問記」

 

 『雨森先生へのインタビュー』

 

その4

 



<技術と音楽の喜び>


文吾  「前回のお話では、
    雨森先生は技術というのを重視された音楽教育を
    幼少のころからずっと受けて来られて。

    もちろん技術は重要だけれども、それだけではなく。

    技術的に拙くても、
    歌を愛す、というか、音楽をする喜びは
    伝わるはず。・・・という考えをお持ちになった
    “きっかけ”や“理由”みたいなものをお聞かせ願えれば、と」

雨森先生「・・・それはやっぱり
    『トシを取った』…ってことかもしれないなあ」

文吾  「(笑) トシのせいですか?!」

雨森先生「いや、例えば中学生や高校生ぐらいの時は
    ピアニストでも圧倒的な技術を持った人に
    目や耳が行ってしまうものだけど。

    …僕は高校のときは、すごいポリーニが好きでね」

    <註:マウリツィオ・ポリーニ(Maurizio Pollini)
       1942年1月5日、イタリア、ミラノ生まれのピアニスト>

文吾  「はい」

雨森先生「ポリーニが好きで、家の猫に
    “ポリ”って名づけるぐらい好きだったんだけど(笑)」

一同 (苦笑  その名前は違う意味にも…)。

雨森先生「それは彼の音楽、というよりは
     圧倒的な技術に驚いた、というか。

     彼が18歳の時に優勝したショパン・コンクールの
     演奏もそうだったけど。
     28歳の時のショパンの練習曲集もそうだし。

     普通のピアニストはショパンの練習曲を
     結構ルバートして弾くんだよ。
     だけどそれが音楽的なルバートではなくて、
     単に弾けないためのルバートに聞こえちゃう場合が
     多くて。

     それをもう、ポリーニは圧倒的なテクニックで
     弾き切っている演奏だから。
     そういうのに、若いころは憧れたし、すごいな!
     と思っていたなあ」

文吾  「最初は技術に魅かれる部分が」

雨森先生「うん。
     それで他の達人と呼ばれるピアニスト、
     ホロヴィッツ、コルトー、ケンプ、バックハウスとか。
     その人たちの演奏もたくさん聴いたけど、
     やっぱりミスタッチが多いんだな。

     ホロヴィッツなんかも滅茶苦茶多いし。
     コルトーだって、20世紀最大のショパン弾き、と
     言われながら、ミスタッチのオンパレードでさ。

     そういう所が若い時は気になっていた、と言うか。

     オーケストラなんかもそうだなあ。
     親父がフルトベングラーが好きで、レコードがたくさんあって
     僕もいっぱい聴いたけど。
     すごいバラバラなんだよね、アインザッツが。

     『ジャン!』…と(揃って)来なきゃいけない所が
     『ジャジャ、ジャン!』とかさあ(笑)」

文吾  (笑)。

雨森先生「吹奏楽をやっていたせいもあって、
     アインザッツが合わないことも
     やっぱり気になって。

     “音楽”…ということに耳が行きはじめたのは
     大学生ぐらいからかなあ・・・。

     『きっかけ』になったのは。

     なぜそういう(ミスタッチが多い)ピアニストを
     聴き始めたかというと、
     親父の蔵書でもあったんだけど、
     吉田秀和先生の音楽評論が好きで。

     そこで吉田先生は先ほどのホロヴィッツやコルトー、
     ケンプを大変評価していらっしゃるんだね。

     吉田秀和先生の全集を
     片っ端から読んで、学んで、そういった評価を元にして、
     改めて聴き直したら

     『・・・なるほど。すごい!』、と」

文吾  「・・・・」

雨森先生「それともうひとつは。
     前回の話と重なるけれども。
     (註:今回のインタビューは前回の
        一週間後に行われました)

     指揮法も声楽も音楽理論も何も知らない、
     全くの「ど素人」の高校生の自分にやれることは、
     とにかく『一生懸命』しかないわけでさ。

       
     ・・・まあ『てっとりばやい』って言ったら語弊があるけれども。

     

      ピアノなんかでもそうなんだけど。

     『テクニックを習得するには十年かかるけど。
      この曲を好きになるのは一瞬で出来るじゃないか!』って」

文吾  「あはははは(笑)」

雨森先生「だろ?(笑)」

文吾  「た、確かにその通りですね(笑)」

雨森先生「まず合唱が好きだ、と言うことを自分の中から表現しよう。
     そういうことなら自分はできる。

     そして、できることは精一杯やろう!

     ・・・ってことかなあ」

文吾  「…はい」

雨森先生「もうひとつは吉田先生の評論を読んで
     改めて聴き直したホロヴィッツやコルトー、
     ケンプの演奏の中に
     『内面的に爆発する情熱』を
     自分なりに発見できた、というか。

     そういうところで
     『ああ、音楽はこういう所にあるんだ』

     ・・・と思うように、なっていった、みたいだなあ」


 <雨森先生の楽曲に対する姿勢>

文吾  「他の指揮者の方と比較すると、
     雨森先生は練習中でも楽曲に対して
     欠点とか、否定的なことは全く言いませんよね。

     もちろん曲全体の構成などは
     しっかり把握されていらっしゃることは分かるのですが。
     常に好意的で良い面だけを伝えてくださる。

     私なんかは

     『そんなにひとつの曲を好きになれるものなのかなあ~』

     って思ってしまうんですけど(笑)」

雨森先生「あのね。少なくとも自分がやる曲は
     『嫌いじゃダメだ!』…と思うんだな」

文吾  「はい」

雨森先生「もちろん『和声的にこうだったら』とか
     思うときもあるけど。

     でもそれは…なんというのかなあ・・・。

     例えば『女性を好きになるとき!』」

文吾  「えっ(笑)」

雨森先生「(笑) やっぱり『イイ!』と思ったら
     全部を『イイ!』と思わなくちゃダメなんだよ!(笑)」

文吾  (笑ってます)

雨森先生「『ここが悪い』とか、
    『ここが良い』とかじゃなくて(笑)
    アバタもエクボにならなきゃダメなんだよ!」

文吾  (…笑い続けてます)

雨森先生「やっぱりそう思ってまでね、好きにならないと
     『のめり込めない』!」

文吾  「…大変タメになります(笑)」

雨森先生「あんまり冷静に見過ぎて
     『この曲はこういう欠点があるから…』と
     自分で欠点を認めすぎてやっていると、
     表現に・・・えぇと・・・こう・・・。

     (突然)ここに今、美味しい牡蠣があってね?」

     (註:練習後のCA行きつけの居酒屋で
        このインタビューは行われております。
        インタビュー時、テーブルには
        殻付きの生牡蠣が載っておりました)

文吾  「はい(笑)」

雨森先生「文吾君に勧めるとき。
      
    『実はさあ、コレ。
     イチバン美味しい牡蠣じゃなくて
     2番目に美味しい牡蠣なんだよ~』

     本当はもっと美味しい牡蠣があるんだけど、って
     勧めるのと!」

文吾  (笑)。

雨森先生「『これこそが最高に美味しい牡蠣!』って
     勧めるのとでは、相手に伝わるだろ?やっぱり」

文吾  「それは非常に良く分かります(笑)」

雨森先生「分かるだろ?

     音楽ってそういうものじゃないかな。

     聴いている人に『本当にいい音楽だな』と
     伝えようと思ったら。
     少なくとも演奏する人間は
     『100パーセントこれはいい!!』と思って伝えないと。

     そりゃ『心のウソ』はどこかに出てくるさ」

文吾  「はぁ~!」

雨森先生「だから裏返して言えば僕は
     『自分の好きになれない曲は絶対にやらない!』」

文吾  「・・・なるほど。
      
     『好きになる』にも色々ありますが。
     やっぱり『一目惚れ』…のような感じで」

雨森先生「一目惚れ・・・一聴惚れ、ということだよな(笑)」

一同  (笑)。

雨森先生「パッ、と聴いて良いと思えなきゃウソだと思ってるんだ」

文吾  「あ。やっぱりそうなんですか」

雨森先生「うん。絶対そうだよ。

     例えば

     『…この曲にはこんな背景があって
      こういう中身があって
      こういう作りになっていて』

      ・・・と散々説明されて
     『そうか、そう言われればそうだなあ』

     ってのはウソでさ。

     音楽と言うのは理屈抜きでパッと聴いて
     『ああ、いいな!』と思うのが良いわけで」

文吾  「そうですね!」

雨森先生「だからそうじゃない曲は信じないね、やっぱり」


 (つづきます)