全国大会あれこれ・前編

 



全国大会で起こったあれこれを紹介する「全国大会あれこれ」。

 

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札幌Kitaraホール。


北海道・札幌開催の今年は・・・。

 

 

 



「試される大地、北海道」


128年ぶりに遅い初雪になるか?と期待されていた北海道の天気。
それほど暖かく、全国大会へ出場されるみなさまが雪を体験することはできないだろうなぁ…などと思っていたら、突然の寒波!
23日の金曜日にはマイナス3度まで下がり、路面が凍りエライ事に。

 

 

 


このブログでも、私が2年前札幌の凍った路面で滑り、足首を骨折したことから注意喚起していたのですが・・・。
不幸にも、出場される合唱団の団員さんで転倒し、右ひじを骨折されてしまった方が。
腕を吊った姿でステージに上がられる姿は痛々しかったです。
どうか一日も早く治られることを願っています。

 

 


仲間内で夜のススキノを歩いていたんですが 「歩きスマホをしている人がいない!」 そりゃそうだ、滑って転んで怪我に直結するからね。
関西在住の、いつもは大変お酒を召し上がる方とバーへ行ったんですが、軽く飲んだ後どちらともなく「飲み過ぎると危ないから、今日はこの辺で・・・」と早くお開きになりました。

ところが25日、日曜には気温が上がり、路面の雪もかなり融け、夜には雨まで降る始末。
雪と思って傘など用意していなかったからずぶ濡れ!

「た、試される大地、北海道・・・」と思った方も多かったのではないでしょうか。


 

 

 




「うまいぞ北海道グルメ!」


「ジンギスカン最高!」そうでしょうそうでしょう。
「回転寿司でこれはすごいですね!」そうでしょうそうでしょう。
「スープカレー初めて食べたけど美味しい!」そうでしょうそうでしょう。
「ラーメンどれも凄くウマイ!」そうでしょう、そうで…新千歳空港の北海道ラーメン道場は確かに名店揃いだけど、ハシゴして2軒食べるのは凄いな。

ちなみに飲み会2次会で「シメパフェ食べたい!食べたい!」と道外からの知人に言われて連れて行った店でこれが出され、「プレモル・・・」とつぶやいて固まっていた。ごめん。

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「グランツェさんの全国大会」


大学ユース部門、午前11時過ぎ、6番目に出場された混声合唱団名古屋大学コール・グランツェさん。
いつも以上に気合がみなぎった演奏。
特に自由曲の「絶え間なく流れてゆく」では最初から最後まで張り詰めた緊張感の中、詩人:原民喜の哀切さが伝わる彫の深い演奏で金賞第2位を受賞。
私も観客賞の一票をグランツェさんに投じました。
後から聞くに、なんと前日の飛行機が欠航し、当日のリハーサル直前にKitaraホールに着かれたとか。
詳細について、団長の安藤さんからメッセージを送っていただきました。
  


* * * * * * * * * *  * * *

弊団は元々金曜日の夜中に中部国際空港から新千歳空港まで移動、札幌で一泊し土曜日の本番を迎える筈でした。
しかし、中部国際空港で告げられた言葉は搭乗予定の便が欠航という事実。
欠航理由は「機材繰り」…。
言葉も出ませんでした。

ただ、団長である自分がここで自分を見失ってしまってはならない。
何とか全員をKitaraの舞台に乗せなくてはならない。
と気付いたときは自然と気持ちは落ち着いて、やるべきことを明確に把握できました。

その後は各飛行機会社の受付へ行き、何とか明日の本番の時間までに間に合う便を探しました。
そして運良くある飛行機会社の羽田からの始発が何便か空きがあり、合計で120名乗せることが出来ると判明。
直ぐに飛行機を一便一便押さえ、それと平行して団員を10数にグループ分け。
各グループごとで羽田へ向かわせました。

そして羽田に向かう途中でも、120人分の飛行機代の工面、バスの手配、ホテルのキャンセル、万が一のことを考え合唱連盟や先生方への連絡など…目に見えない些細な業務まで総当たりで行い24時過ぎに何とか全員羽田へ。
ロビーでの雑魚寝、次の起床は午前4時頃。
全員に注意事項を伝えた後に少しでも早く休憩を取らせました。
立ち替わり空港のシャワー室を使いながら眠れない団員も多かったですが、各自少しでも体力を温存。
そんな中でも勿論執行部は改めて翌朝の飛行機の搭乗の対応に追われて寝ずに、気付けば朝を迎えました。
(何と大変申し訳ないのですが、ピアニストの小見山先生も団員と共に行動していたので、羽田にて雑魚寝していただいたのでした…。)

そして本番当日、ほとんど寝ていない中でも団員はてきぱきと行動してくれ、飛行機に全員乗り込むことに成功、新千歳空港に着いたのは8:30頃。
団体の集合時間は10:20頃だったので、練習が行えないことは明白でした。
バスの中で少しでもストレッチ、発声を行いながら北の大地をバスで駆け抜けていきました。
そして10:10ごろに遂にKitaraホールへ到着。
伊東先生の顔を見たときは涙が溢れそうになりました。
合唱連盟の方々も僕たちのことを気遣い、暖かい言葉をたくさん掛けていただきました。

そしてリハが開始してあっという間の本番。
リハでは伊東先生からとにかくよく来てくれた、全員で歌う喜びを心から噛み締めようというお言葉をいただけたことを覚えています。
全員で歌えたことだけでも心から嬉しかったですが、金賞2位を頂けたことはそれに勝る喜びでした。
今思えば、しっかりとコンディションを整えて臨めたらもっと良い演奏ができたとは思わず、あの極限状態で団員全員が本当の意味で一つの方向を向き、歌える喜びを噛み締めながら歌ったからこそ出来た改心の演奏でした。

伊東先生は欠航が決まった段階から、とにかく冷静に落ち着いて全員で歌う方法を考えようと暖かい言葉を掛け続けてくださいました。
また、ピアニストの小見山先生は本来ならば先生に急に移動させ雑魚寝をお願いするなどあってはならないことにも関わらず、むしろ常に僕たちのコンディションを気遣い、文句一つ言わず共に札幌まで移動し、本番ではあの素晴らしい演奏をしてくださいました。
そして合唱連盟の方々も常に僕らと連絡を取り合ってくださり、不測の事態が起きた際に何とかして僕らが歌えるようにと、多くのご配慮をいただきました。
本当にあらゆる方々からの手助けを受け成り立った奇跡のステージでした。
会場の皆様の「よく来たね!」言わんばかりの暖かい拍手、素晴らしいホールのあの夢のような景色は忘れることができません。

全員で歌うことの尊さを心から味わうことの出来たあの激動の2日間はきっと団員の胸に深く深く刻まれたことと思います。
あの作品をあの日あの場所で全員で歌えたこと、そして何があっても着いてきてくれた120人の団員たち一人一人を誇らしく思います!

またこれからも団員一同、より良い演奏が出来るよう精進して行きます。



混声合唱団名古屋大学コール・グランツェ団長 安藤風士


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安藤さん、ありがとうございました。
読みながら、不運を嘆かず、現実を変えていこうと前向きに行動される、グランツェのみなさんの姿に胸が熱くなりました。

安藤さんからは「決して美談ではなく、ましてや各方面にご迷惑とご心配を多大にお掛けしまった話なので、そちらも考慮していただけると幸いです。」とも書かれていたのですが、諦めずにあのステージに立とうと前向きに努力し続けたことは、誰が何と言おうとも賞賛されるべきだと思います。

「今思えば、しっかりとコンディションを整えて臨めたらもっと良い演奏ができたとは思わず、あの極限状態で団員全員が本当の意味で一つの方向を向き、歌える喜びを噛み締めながら歌ったからこそ出来た改心の演奏でした」という言葉から、演奏というものの不思議さと同時に、グランツェさんのあの演奏に納得の気持ちが湧いてきました。

グランツェのみなさん、良い演奏を本当にありがとうございました!


(「全国大会あれこれ」後編に続きます)