合唱界のアイドル 枝幸ジュニア合唱団



合唱界のアイドルって言えば?
いや、冬月みぃなさんという人もいるけど、個人じゃなく、団体だったら?


いたんです、そういう団体が。
その名も「枝幸ジュニア合唱団」。

かつて全国大会の会場で知人の女性が言いました。

 「…なんかさあ、枝幸ジュニアが出てきたり、
  演奏終わって席に戻ったりすると、
  周りのオジサンたち騒ぐんだよねえ、ざわざわっと!」

・・・はい、騒いではいないけど、ついつい目が行ってしまったオジサンのひとりです。


なぜアイドルと呼ぶにふさわしいか?
オジサンおねえさんばかりの一般の団体に混じって、下が中学生から上は高校生までという年代の若さもあるし。
北海道の北部、人口8千人の枝幸(えさし)町からやってきた少女たちの、一生懸命で健気な姿が理由かもしれません。

 

 

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2002年びわ湖ホールでの全国大会。
この年の文部科学大臣賞(1位)を受賞されたのは、68名のGaia Philharmonic Choirさん。
枝幸ジュニアさんと同じ「珠玉のハーモニーVol.7」に収録されています。
凄まじい、と表現するしかない圧倒的な迫力のS.Barber「Agnus Dei」。
審査員の浅井敬壹先生は「音楽はこれほど人に感動を与えるのかという、言葉にならない驚きを感じる演奏」。
関屋晋先生は「ぼくのメモにはただ「スゲエ」と書いてある(笑)。ぼくはもうコンクールに出るとは思わないけど、これに抜かれたままでは死ねないね(笑)」とまで言わせた演奏でした。

Gaiaさんを聴いてしまった後ではどの団体もかすんでしまう…と思わせるもの。
その4つ後の出番。
黒のジャンパースカートの33名、一般Bグループで最少人数の少女たちが、Gaiaさんの印象に勝るとも劣らないものを与えたのです。


課題曲F2のコダーイから一点の曇りもない清楚でクリスタルな声。
自然で広がりもあり、しかもとても高い位置で響き。
乱れのないピッチとパート間の音程感覚の良さ。

そして収録されている自由曲のJ.Busto「Magnificat」。
優れたアンサンブル感。
旋律、特にグレゴリアン・チャントの流麗さは驚くばかりです。
てらいのない、清冽な美しい音楽。
いま見返したところ、感想メモには大きく「ステキ!」って書いていて。


隣に座っていた女性は聴き終わって大きく拍手した後

「…ヨーロッパの高原にいるみたい・・・」

と感じ入った声でつぶやいていました。
北海道の初夏のように爽やかな季節。
心地良い風に吹かれた瞬間を思わせる、掛け値なしに素晴らしい演奏。
枝幸ジュニアさんはこの大会で金賞第3位を受賞されたのですが、第2位はあの「なにわコラリアーズさん」だったので、その評価の高さもわかっていただけるでしょうか。

なにわコラリアーズ指揮者:伊東恵司さんは、当ブログ2014年、全国大会での名演奏をひとつ選んでいただく企画「思い出の全日本合唱コンクール名演奏」でこう答えられていました。
(「前略」の部分も非常に示唆に富み、素晴らしい内容なのですが、リンク先でご確認お願いします)

 


「思い出の全日本合唱コンクール名演奏:伊東恵司先生」


(前略)
しかし、文吾さんのせっかくの企画ですので
斜に構えず、謙虚に1演奏を選びます。
「びわ湖ホール」でのコンクールです。
客席で「枝幸ジュニア合唱団」の演奏を聞いて
目が覚めました(笑)。
コンクール的にぎらぎらした感じでなく、
その美しさ、純粋さ、やさしさに逆に度肝を抜かれました。
私はそのまま終演後に自分に与えられたメダルももらわず、
初対面になる指揮者の藤岡直美先生のもとに
不審者のように駆け寄り(本当に人ごみをすり抜けて走った)、
いきなり「ぜひ私に練習見学をさせてください」と言いました。
ちょうどジュニアの指導を始めていたあたりでもありましたが、
不意打ちを食らったような名演奏なのでした。
それから10数年。
藤岡先生とその子どもたち(だったレディー+後輩)のために
こんな曲が出来ています。

 http://www.panamusica.co.jp/ja/product/16562/

 



また、伊東さんからはみなづきみのり名義でこんな詩も贈られています。

「めっせーじ なおみ先生とたくさんの赤い頬へ」

 



アイドルにふさわしい、応援したくなる理由は、枝幸ジュニアさんの成り立ちにもあります。
2001年6月に結成した枝幸ジュニアさんの母体は、枝幸中学校の合唱部。
この町出身の藤岡直美先生が指揮者。
団員さんに「第二の母」と慕われる先生です。
次の年、2003年全国大会のプロフィールにはこんなことが書かれていました。

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一般B-13 枝幸ジュニア合唱団(北海道)

 今年4月、私たちの第二の母は
遠く岩見沢市に転勤となり、
枝幸中合唱部とともに
大きな不安を抱える日々が始まりました。
月1回の先生の指導日を目標に、
すべて自分たちで練習をしてきました。
夏休みは早朝アルバイト等をし、
枝幸中合唱部遠征や岩見沢に行き、
パワーをつけました。
私たちにはいつも応援してくれる父母会や
見守ってくれる町の方々がいます。
今日この舞台に立てることも含め、
すばらしい“時”を過ごせることに感謝し、
これからもがんばります。
人口7,000人の枝幸だからできたこと、
枝幸中卒業生の先生に出会えたこと、
千歳空港まで7時間かかるけれど、
私たちは町が好きです。
昨年とは一味違う成長した私たちをごらんください。


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枝幸ジュニアさんはこの年も見事金賞で、その表彰式でのエピソード。

金賞受賞団体は団員2人が指揮者の先生と壇上に並び、客席に向かって賞状とメダルを見せるのが常ですよね。
枝幸ジュニア:藤岡先生と団員さん2人も並びます。
職場や一般団体は、客席から「バンザーイ!」などと言うのですが。
客席の枝幸ジュニア団員さんたちは壇上へ向かい声を揃えて

「ありがとうございました!」

うんうん、これは去年と同じ。
グッドマナー!と思ったら言った後すぐに

「藤岡先生、大好きです!!」…と。

えっ、と驚く藤岡先生。
一瞬後に目が潤み、手を瞼のほうへ・・・
その姿を見ながら自分の目も、つい潤んでしまいました。

ちなみに北海道ローカルで枝幸ジュニアさんのドキュメンタリーが放送されて。
(ガリッと氏による感想ページ)


私も実家からビデオテープを送ってもらい、観ることが出来ました。
ビデオを観ながら、全国大会のあの表彰式を思い出し。
遠く離れていても繋がる絆、そして愛情というものに思いを馳せてしまう情景でした。

 

 

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枝幸ジュニアさんは平成17年に団名を「ウィステリア アンサンブル」と変え、今も全国大会の常連団体として活躍されています。
団員さんも枝幸町だけではなく、藤岡先生がそれぞれ教えられた岩見沢、札幌の元生徒さんもいらっしゃるそうです。

 

 

「ウィスティリア」とは、「藤の花」を意味し、指揮者 藤岡先生のもとで育った子どもたちの輪が、合唱を通して深く繋がり、末永く先生のもとで歌えますようにとの願いが込められている。
(東京国際合唱コンクール団体紹介ページより)
https://www.ticctokyo.icot.or.jp/Choir/96/jp

 

  

 

年月が経ち、少女から立派なレディに成長された元・枝幸ジュニアのみなさん。
ちなみに珠玉のハーモニーVol.6に収録されている、大谷短期大学輪声会さんの自由曲と同じなのですが、細かな違いはあるものの、その凛とした音に共通するものを感じた方が多いのでは。


実は指揮者の藤岡先生は輪声会さんで、宍戸悟朗先生の薫陶を受けられた方。
枝幸ジュニアさん、ウィステリア アンサンブルさんにも、藤岡先生の影響で教職を目指したり、地元の枝幸で社会人として合唱団に関わろうとする方がいらっしゃると聞きました。

 


宍戸先生から藤岡先生、そしてその教え子たちへ・・・。
優れた指導者が蒔いた合唱の種は、こうして育っているのです。



 

 

 


枝幸ジュニア合唱団さんの演奏は「珠玉のハーモニーVol.7」に収録されています。

 

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(次回「●歌のある空間を求めて 千葉大学合唱団さん」 10月14日更新予定です

※大変申し訳ございません。

10月18日更新予定となります。