Palette -四国合唱遍路道-ジョイントコンサート感想・前編

 

 

混声の合同曲、160名の大合唱「くちびるに歌を」、山本さんは一瞬だけ指揮する右手をガッ!と客席へ向けました。
目の前の歌い手たちだけではなく、客席にいる私たちみんなが歌を、くちびるに歌を持て!と強く訴えるように。
あの瞬間に、このジョイントコンサートのすべてが凝縮されていました。

 

 

2023年4月30日13時開演、香川県高松市レグザムホールで行われた「Palette -四国合唱遍路道-ジョイントコンサート」へ行ってきました。
四国4県、8団体が集うコンサート。
「Palette」とあるのは四国の形がパレットに似ていることから名付けられたそう。

演奏前に実行委員長である愛媛のコールサル指揮者・大村善博先生、通称ぜんぱくさんからコンサートが決まった経緯を話されます。
1年9ヶ月前の2021年7月、海の日。
香川のmonosso指揮者:山本啓之さんと高松の餃子屋で飲んでいたとき、コロナ禍で閉塞した合唱を憂い「若い団体が10年後も活動できる道筋を作っていくのが、大人の役割では?」と話し合い、決定したとか。

コンサートの進行は、各県2団体の単独演奏から県の合同合唱、そして合同の男声合唱と女声合唱へ続き、最後に合同の混声合唱という順序で進行しました。
全ステージ、出演者全員がマスクを外しての演奏。

出演団体は客席の前方に座り、自分たちが演奏しない時は他団の演奏を聴くように。
このスタイル、演奏者は大変かもしれませんが、他団体を知り、結果出演者全員で作り上げるような雰囲気が醸成されていたと思います。

最初に各団体の感想を。
まず徳島県forma(混声13人)が客席から舞台に上がり。
ウェールズ民謡をGustav Holstが編曲した「My sweetheart's like Venus」。
澄んだ響きを志向して、男声の知的な歌唱は作品に合っていたのでは。
続くアイルランド民謡「Londonderry Air」は女声の叙情的な歌唱が魅力でしたね。

徳島県の2団体目はSerenitatis Ensemble(混声18名)。
演奏を聴くのは京都の全国大会以来3年ぶり。
団員さんがマイクを取り、団名のセレニターティスの意味は……など紹介の間に入場が終わるスムーズさ。
Palette全体を通し、入場退場やピアノセッティングが実にスムーズで、ステージマネージャーさんたちを讃えたくなりました。
こういう演奏以外の面でストレスが無いと、気持ち良く演奏に集中出来るんですよね。
新居誠司先生の指揮でOla Gjeilo「Ubi Caritas」。
さすがベテランの団だけあって作品への思い入れが、熱く、深く伝わってくる演奏。

 

続いて高知県からDios Anthos Choir(混声10名)。
宇賀春香先生指揮の信長貴富編曲「江戸の子守唄」は、なでしこの意味を持つ団名なだけあって繊細な表現。
よく知られた子守唄がこんな曲に!というアレンジの面白さも。

高知県2団体目は合唱団Pange(混声18人)。
「プログラムで指揮は坂本雅代となっておりますが、諸事情により娘の彩夏が指揮をします」おぉ、急遽ピンチヒッター大変だぁと思ったら「……若返ったわけではないのでご承知ください!」その彩夏先生、お母様にソックリで客席が沸くこと!!
畠中尚美先生のピアノ、信長貴富「新しい歌」は20年前の合唱祭でも歌われたそうで、クラッピングがみなさん堂に入っていて歌の力を強めていました。
自分たちの歌だ!と自信を持って楽しく訴える表現力、すてきな演奏でした。

 



小休憩の後、愛媛県からはChorsal《コールサル 》(混声15名)。
ぜんぱくさんの指揮で16世紀の作曲家Giovanni Pierluigi da Palestrinaの名曲「Sicut cervus desiderat(泉の水を求める鹿のように)」。
続く「Sitivit anima mea(私の魂は、あなたを慕っています)」。
各人が安定した歌唱で、旋律や音楽の移り変わりがなめらか、名曲であることを納得できたのはもちろん。
自分たちの歌として自然に昂ぶったものがそのまま音楽になり、聴く者を優しく迎え入れるような雰囲気。
ぜんぱくさんも触れていたのは、今回演奏されたこの2曲は2曲組みでひとつとされている楽曲であり、詩篇第42番のテキストを2曲で分割していることが特徴です。
「Sitivit anima」には1曲目の「Sicut cervus」を思わせる音がそこかしこにあり、2曲を演奏する意味が実感できました。
特に「Sitivit anima mea」後半の神へ何度も呼びかける箇所は、「Sicut cervus」の感動を甦らせ、しみじみ心に染み渡るよう。

I.C.Chorale(混声22名)は村上信介先生の指揮でかつてのNコン課題曲、上田真樹「僕が守る」を、思春期の揺れ動く心を映すような表現で。
内面に呟く印象は、団員のみなさんが内なる高校生へ語りかけていたからかもしれません。


香川県からはJADE(混声15名)、団の紹介を男女2人で。
同時通訳を再現するもので、フランス人の長身男性が流ちょうな日本語を喋り、それを日本人女性が英語に通訳の逆パターン!大いにウケていました。
演奏した信長貴富「カウボーイ・ポップ」もノリの良さと自発性が輝き、とても楽しいステージ。

monosso(女声35名)は本当に素晴らしい演奏!
山本啓之さんの指揮、酒井信先生のピアノで、これもNコン課題曲、土田豊貴「彼方のノック」。
前奏、合唱のやわらかな始まりからその世界へ引き込まれます。
わずかに強調される言葉は確かに耳に届き、言葉が歌になり、歌が言葉になるグラデーションの精妙さ。
内面の葛藤を表わすようにため息をつき、意を決する前の深呼吸を感じさせる「間」の巧みさ。
クライマックスはノックという外界への行動、転調した音楽が見事に世界を変え、開いた扉の向こうからまぶしい光が射し込むような。
発声技術や発語の上手さはもちろん、詩のメッセージが伝わり、深いドラマ性と強い説得力を持つ、非常に優れた演奏と感じ入りました。
Nコンの課題曲は学生さんが歌うのにふさわしいテキストですし、自分たちの歌としての演奏はとても響きます。
それでも年長の合唱人が懐かしさでなぞるのでは無く、今回のmonossoさん、または東京混声合唱団のコン・コン・コンサートのように、ひとつの作品として正面から向かい合い、豊かな演奏経験、人生を活かした演奏は、本当に違った味わいと深みが出ますね。

 

そして各県の合同合唱、これが予想以上に良かったんです!
徳島県合同(混声31名)の新居誠司先生指揮、信長貴富「ヒスイ」は恋人へ語りかける思いの熱さがグッと前に伝わり。
高知県合同(混声28名)は坂本彩夏先生指揮、畠中尚美先生ピアノ、木下牧子「四万十川」から「川狩」は、初演が高知県合同合唱と管弦楽、自分も生演奏を聴くのを長年望んでいた作品。
躍動感ある曲調、木下先生らしい魅力あるメロディを見事に表現し、組曲の他の曲も聴きたくなるような良質な演奏でした。

愛媛県合同(混声37名)は特に良かった!
ぜんぱくさんが指揮する、インドの詩人:タゴールの詩に土田豊貴先生が作曲された「あなたのために歌うべく」。
安定した良い響きから、歌う意味と意志が届いてきます。
タゴールのテキストは敬虔な宗教心を感じさせるものですが、曲名の「あなた」を「神」と解釈できるだけでは無く、客席にいる自分たちにも歌ってくれるような。
後半からの表情変化も優れ、土田先生の新鮮な音響世界と、惹きつける旋律も味わえる演奏。
最後のピアニッシモで歌われた「光栄を与えて下さい」には深い祈りが込められていたと感じ。

香川県合同(混声50名)は山本啓之さん指揮、酒井信先生ピアノ、ふたたびNコン課題曲・三宅悠太「次元」は少なめの男声が頑張っていて。
曲名通り「次元」が変わることを音楽で表現したこの作品、難しさを感じつつも、一曲を貫く熱さが確固として在る演奏。

 

4県、それぞれの合同演奏を聴き。
ステージ上の人数が増えることの安心感、さらに同じ県のためか違う団体でも音楽の指向性が合い、カチッとピースがハマるような納得がありました。
各合唱団、単独の活動にはもちろん意味も価値もあって。
しかし、これを機会に他でもぜひ、合同演奏を披露して欲しいと強く願います。

男声合唱合同渡邊玲士先生の指揮で清水脩「秋のピエロ」は男声ならではのダイナミクスの幅、迫力と哀しさを滲ませ。
宇賀春香先生指揮、多田武彦「雨」では詩人:八木重吉が死を想うしみじみとした抒情を感じさせます。
どちらも50年以上前の昔から親しまれた名曲を、新たに気持ちを込めて歌われた良演。
おふたりとも若い指揮者のため、大人数を前に指揮を振るのは得るものが多かったのでは。
女声合同は坂本雅代先生指揮で信長貴富「百年後」。
テキストのタゴールの詩が約100年前に書かれたこと、坂本先生の103歳で亡くなられたお祖母さまの、女性が恵まれない時代にそれでも向学心を持っていたエピソードが胸を打ちます。
そのエピソードのまま、100年以上前の過去から現在、そして未来への希望がこもった演奏。


小休憩の後、160名にもなる大人数の混声合唱の合同3曲。
実は聴くまでこれら合同の選曲に「……変わり映えしないなぁ」と思っていたんです(ごめんなさい)。
男声、女声、この混声の合同曲もすべて、間違いなく名曲ではあるのですが。
単独はもちろん、他の演奏会の合同ステージで何度も聴いた曲ではあったんですね。
しかし演奏前の各指揮者による丁寧な曲紹介から、合唱を始められた人や再開する人へ、作品の価値と魅力を新しく伝えるものと感じさせ。
その印象は演奏後、確信に満ちたものになりました。

 

(後編へ続きます)