
8月30日、31日。
福島県合唱コンクールのライブ配信がありました。
小学校、中学校、高校、大学ユース、一般部門。
特筆すべきはライブ配信だけでは無く、
【9月3日(水)】までのアーカイブ!
これは47都道府県で唯一だそう。
ライブでも部分的に見ていたのですが、数日にわたってアーカイブを聴き直しました。
審査結果はコチラ↓
さすが「合唱王国」と言われるだけあって、中学校は36団体出場、高校は28団体出場。
福島県合唱コンクール pic.twitter.com/S0tPvnWVGh
— 楽都CCコーラスクラブ合唱王国ふくしま (@gakutoccgassho) 2025年8月30日
楽都CCコーラスクラブ合唱王国ふくしま様、感謝いたします。
金賞受賞団体は本当に全国レベル、超中学生級、超高校級!
ただ、賞には関わらずとも、少人数の演奏でも、それぞれ輝きと魅力があり。
やはり「切実さ、一回性の刹那の輝き、中学生や高校生としての白鳥の歌」にどうしても惹きつけられてしまうのかな・・・。
一般の部にも、若く優れた団体がいくつも出ていて、すごいな~と。
1日目の講評は山脇卓也先生と黒川和伸先生で講評漫才(?)
お互いの大学時代のお話のツカミが最高でした。
2日目の講評は福永一博先生と相澤直人先生。
相澤先生が「楽譜を見ながら歌うこと」へ言及され、
「もちろん自分の合唱団でも良いことにしていますが……」と前置きしてから
「僕が言いたいこととしては、
楽譜を持ってしまうと、
自分の歌が楽譜とのやりとりになってしまうわけですよ。
それは良くなくて。
そもそも作曲家というのは、
自分の音楽でしか伝えられないようなものを
楽譜に託すわけなんですが、
楽譜に書ける情報というのは本当に最小限なんです。
だから、本当はみなさんには、
楽譜に書かれている情報をそのまま演奏して欲しいんじゃなく。
メゾフォルテと書いてあっても、
単にやや強くではなくて、 温かい気持ちであるとか、
言葉では説明できないようなニュアンスを
いっぱい込めているんですね。
記号化できないというのかな。
そういうところに思いを馳せて演奏して欲しい。
譜持ち、暗譜関係なく、
記譜された情報のみを扱っているような、
”音楽の外側だけ”というふうに感じちゃうんですけれども、
その先を是非、見て欲しいなと思います」
それを受けて福永先生
「その通りで、楽譜を徹底的に読み込んで、
でも最終的にはその楽譜からいかに自由になるか、
どれだけ自由になれるかっていうのが
すごい大事かなと思うんですよ。
やっぱり楽譜に囚われてしまうというのは、
その時点で作曲家の描いた演奏では
なくなっていると思うんで」
さらに相澤先生
「楽譜から受け取って、
みなさんが自分の経験とか
センスとかっていうのを重ね合わせて、
自分のお話のように、
自分ごとのようにお客さんに届けるっていう
意識を持たないと。
……すごく説明的で、
本当に心からそう思っているのかな?
みたいな演奏っていうのは
散見されたかなというのが本音です。
もちろんこれも自戒を込めてですけどもね」
お二人の言葉に大きく頷くことになりました。
自分もやっぱり「この曲を!歌いたいんだ!」という意志が強く伝わる演奏が好きですねぇ。
歌い手さんひとりひとりに歌う意味がある。
発する言葉と音に、その人が生きてきた背景が見えてくる。
そういう演奏に触れると
「オッ、生きるって、意外と良いもんじゃないの?」
そんな気になるんですよね・・・
一般の部で課題曲G4「不思議」を演奏された「こそり」さん。
指揮者がいないアンサンブル。
詩を書いた金子みすゞの生涯と重ね、この福島県合唱コンクールで最も心に残った演奏になりました。
https://www.youtube.com/live/JaoFYUmHF7Q
私は不思議でたまらない、
たれもいじらぬ夕顔が、
ひとりでぱらりと開くのが。
私は不思議でたまらない、
誰にきいても笑ってて、
あたりまえだ、ということが。
(金子みすゞ「不思議」より)

Photo by ペコちゃんさん@GreenSnap