長崎《祈りの合唱の祭典》をめぐる記 :その2

 

2025年10月12日(日)

ながさきピース文化祭2025「合唱の祭典」

浦上天主堂で長崎の小学生合同、中学生合同合唱を聴いた続きです。

さて、この日のメインとも言える東京からの

Combinir di Coristaさん

30分間公開リハーサルの始まりです。

天主公園から浦上天主堂を望む

 

指揮者の松村努先生Combinir di Corista(以下「コンビニ」)さんのやり取りは、まるで早回しのようなスピード感!

ふつうの合唱団がバッター構える、ピッチャー構えて投げる、バッター打つ……みたいな野球のタイム感だとすれば、コンビニさんはオリンピックレベルの卓球!

松村先生がスマッシュ!すかさず打ち返すコンビニ店員さん!ネット際の激しいラリー!!

高い目標へ向かっての限られた時間、どれだけ情報をやり取りし、どれだけ咀嚼し歌として出力できるか。

松村先生の指示もテンポ良くすかさず一言、受ける店員さんも絶対聞き漏らさず歌に生かそうとする丁々発止な空間。

 

声楽家としての松村先生による言葉で特に印象的だったのは

「ブレスで世界を作って!単なる酸素補給にしない!」

 

さらに伊藤理事長の問いかけで「合唱で一番大切なことは?」

 

松村先生「練習です!」(教会内笑い)

 

「練習に出来るだけ参加してもらうのが大切ですね。

 いかに本番と同じ状態で練習できるか。

 だから人が来なくても先へ進めてしまう」

 

伊藤理事長「そうすると、練習に参加出来ない人は置いてきぼりに…」

 

松村先生「だから皆、頑張って練習に来るんです」

 

聞いていた隣の合唱人らしいお姉さま

「いいわね、ウチでもやろうかしら…」

 

……それはどうでしょう?!

 

 

 

そして、リハーサル後のコンビニさんの演奏はさすがの一言。

はじまりのグレゴリオ聖歌がバスも頭声で、柔らかく高く、声が教会の天井へ昇っていくのがうっとりするよう。

 

2人の声と思えないテノールからの気合いが入った千原英喜「どちりなきりしたん IV」、おらしょの世界の幕開け。

 

教会にもいらっしゃっていた田畠佑一先生新作「混声合唱とピアノのための Martyres[殉教者、日本二十六聖人に捧ぐ]」は日本で初めてのキリスト教殉教者、この長崎で処刑された二十六聖人をドラマティックに描く作品。

信仰の尊さや純粋性と、捕縛や処刑との落差、華麗なピアニズムがそれを支え、最後は聖人への祈りと歌としての説得力が重なり心を打ちます。

おそらく楽譜が出版されるでしょうが、どういうテキストなのかとても興味が湧いてくる作品でした。

 

Martyresを終えた後、ほんの一呼吸でエシェンヴァルツ「Nunc Dimittis(今こそ主よ、僕を去らせたまわん)」。

前曲の祈りを受け継ぐように、力のこもった美しい歌唱。

二十六聖人への祈りが、人を安らかに去らせたまう終焉の祈りへと昇華されるようで、涙腺に来ました!

 

プログラムを読むと

殉教した「日本二十六聖人」に捧げる4曲ということで

当時の「きりしたん」が祈る姿や、信心ゆえに捕らわれ、処刑されようとも最期まで信仰を守る高潔さをたどる構成でお聴きいただきます。

……とのこと。

まさにその意図の通り、4曲を通し、祈りに満ちたステージだったと感じました。

 



(次回に続きます)