Tokyo Cantat「三善晃と声」に行ってきました。
今年で30年になるというTokyo Cantat、岡山から東京へはなかなか行けないので訪れたのは30年のうち数回ですが、それでも行ったときは何かしら大きなものを得た気がします。
5月3日 17時開演 すみだトリフォニーホール

~ミンナデイッショニ ハ・ナ・イ・チ・モ・ン・メ~ と副題が付くこの演奏会。
三善晃作品だけを集め、さらに比較的若手の指揮者&団体が中心に選ばれています。
実力団体、かつ将来を期待される若い指揮者と団体の充実したコンサート。
司会の松村努先生と各団体指揮者との会話では、運営から演奏曲の提案があった団体も多かったとのお話でした。
最初の《女声合唱団ぱるらんど(41名)》は素晴らしかった!
女声合唱のための組曲「月夜三唱(1965)」
息を多く交えた夢見る響きが別世界へ誘いますが、決して弛緩せず、表現の芯がぼやけない。
力感があり、音楽の向かう先がはっきり見える。
この詩は中原中也が愛息を失った悲しみが底にあるものの、演奏はそれを表に出さず、幼子へ絵本を読み聞かせるようにひたすらに優しく美しい。
それでも「月の光 そのニ」の最後には、抑えきれない想いが慟哭のように溢れ出て。
「森の中では死んだ子が」からは込み上げるものが。
指揮者:石橋遼太郎先生は全日本合唱コンクールでも活躍されていますが、本当に注目の若手指揮者です。
その繊細で魅力的な音楽を支える岩本果子先生のピアニズムも見事でした。
続く実力団体《scatola di voce(混声33名)》
指揮:森田悠介先生 ピアノ:松元博志先生
「合唱組曲 五つの童画(1968)」は比較的遅いテンポの中、三善先生の意思を余す処無く伝えようとする演奏。
豊かなアルト、艶やかなソプラノが魅力的でした。
清水昭先生指揮の《合唱団ひぐらし(混声63名)》
「黒人霊歌集 混声合唱のための(1976)」の演奏は「他の団体も是非やって欲しい!」と思わせます。
三善先生他作品のスキャットにも通じ、先生の機知、センスが充溢する実にカッコいい曲集。
年代も幅広いのに、ひぐらしのみなさんは頑張ってました!
《女声合唱団るふらん(31名)》は別格でした。
栗山文昭先生の指揮と斎木ユリ先生のピアノはとにかく自在。
三善先生の女声小品「空を走っているのは…(1985)」「爪紅(1983)」「かなしみについて(2004)」
テンポはどの曲も遅めだったと思いますが、決して間延びせず、フレーズを長く取り自然にふくらませて収める、それがとても心地良い。
無伴奏の「かなしみについて」も三声が最高のバランスで豊かに響きます。
感嘆と共に……これこそ「合唱」だよ!と頷いてしまいました。
最後の「麦藁帽子」も比較的遅いテンポですが、さりげない緊張とともに音楽の向かう先がはっきり見え、その世界に入れてもらう感覚が。
盛り上がっていき、一瞬の休符、クライマックスの「蝶よりも」には震えました。
あの自在さ、栗山先生に転がされる感覚。何であんなことが出来るんだ?と、魔法を目の当たりにした気分。聴いていた知人たちも絶賛!
唯一の男声《合唱団WAKAGE NO ITARI(23名)》
指揮:真下洋介先生 ピアノ:松元博志先生
「縄文土偶 男声合唱とピアノのための(1981)」
最初の「王子」は宗左近らしい夢幻的レトリックを立ち上げ、アタッカで続けた「ふるさと」は詩の通り「断ち切」り、烈しく強く。2曲の鮮烈な対比が際立ちます。
生演奏で2曲続けて聴くのは初めてでしたが、この組み合わせの必然性を演奏で腑に落とされました。
《Coro Ponte(混声30名)》
「やさしさは愛じゃない 混声合唱のための(1999)」
粗さはありましたが、それがむしろ剥き出しの魂として迫る演奏。アラーキーの写真集のように、生々しさが説得力を増していました。
吉田宏先生の共感させてしまう力は凄い。
「さびしいと思ってしまう」では胸を締め付けられ、「どきんどきん」の女声には確かなときめき。
単独団体では、女声の方が子音、言葉のニュアンスに長けている印象。
あと三善先生の音楽を十全に表現しようと、ややテンポを落とすのは良いけれど、それはまた別の課題を生んでいたような演奏が。
意外と引き算で、流したり引いたりした方が、全体では指揮者や団体の持ち味が生きたのでは?などと感じたりも。
最終ステージの交聲詩曲「波」は生演奏で最も印象が覆された作品。
公募で全国各地から集まったという約120名。
すみだ少年少女合唱団(51名)はパイプオルガンのバルコニーに並び。
藤井宏樹先生の指揮、須永真美先生、斎木ユリ先生の2台ピアノ。
「ずいずいずっころばし」を思わせる旋律を少年少女が繰り返し、そこに大人の合唱が絡んでいく。
純粋な声に忍び寄る社会の影……そんな解釈も有り得るでしょうか。
執拗なリフレインは次第に熱を帯び、ミニマル音楽的なうねりとなって広がり。
祈りというより呪術のような響き。
「交聲詩 海」と対になる「波」がこの単純な形を取るのも興味深く。
最後は大合唱の迫真の響きに、ただただ圧倒されました。

副題の「~ミンナデイッショニ ハ・ナ・イ・チ・モ・ン・メ~」は若手指揮者・団体に三善作品を歌い継いでもらおうという意志と同時に、三善作品では欠かせない「死者と共に」という願いが入っている、そんな風にお聞きしました。
個人的には、三善晃という作曲家が「詩」に対峙し、どういう作品を生み出したのか、その創作の過程へ改めて意識を向けさせられる演奏会でした。
三善先生の「作曲」は単純に詩句へ付曲するのとは違い。
詩人の世界を三善宇宙に取り込み、また新たな星として生み出すような・・・。
「五つの童画」での高田敏子氏との紆余曲折を経た協働は目にしたことがありますし、宗左近氏の「縄文土偶」や「海」などを経て今回の「波」の詩に至ったのも、とても面白く感じました。
谷川俊太郎氏の「やさしさは愛じゃない」も、男声は「やさしさは愛」と主張するのに、女声はひたすら「愛じゃない」と否定するのも、三善先生らしい感覚が表れているようにも思えたり。
「やさしさは愛じゃない」、男性パートはひたすら「優しさは愛」「愛しかない」と歌うのに、女性パートは「優しさしかなかったんだね」「優しさは愛じゃない」と否定を繰り返す、実にコワい作品。 pic.twitter.com/oU1KbIkQSc
— bung0 (@bung010) 2024年9月23日
《総括》
地方では参加団体や観客への思惑もあり、Tokyo Cantatのような企画はなかなか難しいと思います。
30年という年月と信頼を積み重ねてきたブランドの確かさと、東京という土地の層の厚さ・広さがあってこそでしょう。
地方民としてはこの1日だけでしたが、他の企画演奏会はどれも興味を惹かれるものばかりでした。
31年目へ踏み出すいま、これからもTokyo Cantatには魅力的な企画を続けてほしいと願っています。

さて、演奏会を聴き終えた後、「三善晃は詩をどう読んでいたのか」をさらに知りたくなった人には、この配信はかなり面白いと思います。
◆【動画受講】Tokyo Cantat 30周年記念特別セミナー「三善晃の合唱世界」
毎年GW期間に開催され、広い視野と先進的な取り組みにより日本の合唱界を牽引してきた「Tokyo Cantat」30周年記念特別セミナー。「三善晃を語る」2つのセミナーはファン必聴!
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コーラス・カンパニーの、この動画配信はオススメ!
セミナー2の藤井宏樹先生司会で信長貴富先生、寺嶋陸也先生が語られる動画を購入しました。
三善先生の思い出や詩の扱い方、作品に対する率直な意見などもあり、唸るやら笑ってしまうやら。
信長先生の「三善先生の後を追ってもできないので、先生のやっていない別の道に行くしか無い。そうするとものすごく自分がつまらない人間のような気がして落ち込む……」というご発言に(なんて正直な!)と思ったり。
合唱団OMP(現・響)へ三善先生が八村義夫作品のレッスンをされたときのお話なども大変興味深かったです。
動画視聴期間 2026年7月31日(金)※販売は7月15日(水)まで
料金500円。「交聲詩 海」などTokyo Cantatで演奏された作品への言及が多いですが、Cantatを聴いていなくても楽しめると思います。
(ただ、世の多くの動画のように、ご発言の字幕も欲しかったな……)
Tokyo Cantatに興味がある方はもちろん、三善作品にさらに深く触れてみたい方にはとても良い動画配信だと思いました。