古い曲の、まだ知らない顔

 

8月29日から2泊して神戸・大阪に行ってきました。

 

まず神戸の名谷駅へ!

ここに何があるかというと、ファストフード。

……なぜファストフード?

 

実は「名谷のトミーズというファストフードのポテトが激しくウマい」という記事を見てしまったため。

女子高生や女子中学生たちに挟まれおっさんが並ぶこと40分。ドリンクとのセット500円のポテトは……



でっっっかっ!!

他ファストフードのポテトL、3つ分くらいあるのでは?

揚げ立て、塩のグラデーションで後を引くウマさでした!

 

 

続いて神戸聖愛教会、スロヴェニアからのKGBL室内合唱団公演。

予備知識なしに向かったのですが、えらく若いメンバーばかり?

と思ったら、リュブリャナ音楽・バレエ音楽院所属の団員さんだそうで。

団員30人ほどによる混声合唱。

若い声ならではの透き通ったピアニッシモから、教会を震わせるような大音量まで。

スロヴェニアというお国柄か、隣接するロシアやベラルーシなどの作品も並び、複数のスラブ文化圏を行き来するようなプログラムでした。

特に良かったのが ラフマニノフ《晩祷》。

第5曲《Nunc dimittis》

第6曲《Bogoroditse devo》

第7曲《Slava v vyshnikh bogu》の3曲。

難しい高音域のピアニッシモも良くコントロールされ、それが静謐な祈りを思わせ。

フォルテッシモも単に張り上げるのではなく、確固としたメソッドで豊かなアルトとバスが支え、鳴らしている。

ビブラートはほとんど無く、成熟しているように聴かせる日本の中学生の方が大人っぽいかも。

良い意味での素朴さが、そのままリズムの力強さにつながっていて聴き入りました。

5曲目のテノールソリストは一見気弱そうな(失礼!)青年でしたが、歌い出すと堂々として安定感があり、声にも優れたテノールらしい輝きが。

それでいて声を誇示する感じはなく、純朴で敬虔な歌いぶりが印象に残ります。

 

第6曲《Bogoroditse devo》

最初はゆったりした旋律をリフレイン、そこからテンポを速めた別の旋律が重なっていく。

歌い手が旋律、時間そのものを大きく取っていることに惹かれました。

日本の合唱だと、縦を揃える意識が強すぎるのかな?

KGBLは旋律の横方向への広がりがあり、音楽の時間が大きい。

そこから、かすかな哀しみとロシア的な伸びやかさが立ち上がってくる。

休憩時間に階段で座るKGBLのみなさん

 

ベラルーシ出身のSergey Khvoshchinsky「Bogoroditse devo」も印象深く。

さらにスロヴェニアの作曲家Andrej Makor「Pomilui Mya」も哀切なリフレインが記憶に残りました。良い曲だなぁ。

 

最後には、冒頭で歓迎演奏を披露した地元・神戸の合唱団 Basta Bastaさんとの合同合唱もあり、指揮者チョピ氏の作品「MASS OF HOPE」が演奏されました。

神戸公演が日本公演の最後、最終学年の団員さんもいるということで、各ソリストは演奏後にチョピ氏とハグし、最後には涙を抑えられない男性メンバーも。

 

スロヴェニアは南スラブ、ロシアやベラルーシは東スラブ。

同じスラブ系とは言え文化圏も宗教的背景も異なりますが、この日のプログラムでは、不思議と響きに連続性を感じることに。

現代社会の諸問題を、音楽的な難解さによって映し出すような「今風」の現代合唱曲とは少し違い、指揮者のチョピ氏の作品始め、比較的聴きやすい作品が多かった印象。

それにしても《晩祷》全曲聴きたかったな!

 

 

翌日は心斎橋の島之内教会へ。

全く異なる性格の演奏会が待っていました。

Vocal Ensemble -Knot-2回目の演奏会。

女性8名と、主宰・指揮の山口雄人さんが間に入る男性6名のアンサンブル。

前半はドイツ音楽の系譜を死生観から捉え直す選曲。

山口さんの解説を聞き、曲が進むにつれて、一見ばらばらな数百年の作品が一本の線でつながっていく。

歌い手も観客もぐっと集中していくのがわかります。

 

前半最後に演奏されたブラームス《Dem dunkeln Schoß der heilgen Erde(聖なる大地の暗きふところに)》が良い曲だなぁ、と。

シラーの詩にある「死への静かな諦観」と、「大地に埋められた種が再び花開くような希望」が、じんわりと染みます……。

この曲はブラームスがシューマンの死後、シューマン晩年のピアノ曲《暁の歌》第1曲を下敷きにし、死と再生を歌うシラーの詩を重ねたもの。

シューマンが着想を得た小説も、絶望の暗闇から希望の夜明けへ向かう。

和声や音楽の複雑さには割り切れない苦みも感じられ、こちらも魅力的。

 

山口さんの、歌い手も観客もドライブさせる力は健在。

しかも今回は、ただ音楽を前へ進めるだけではなく、それぞれの曲の魅力が以前より深く掘り下げられているように感じました。

後半の世俗曲では、「人生は楽しい」と思わせる曲ばかり。

しかしそうした喜びもすべて、死へと還っていく。

最後に歌われたのはブラームス《哀悼の歌》。

友人の死を悼み歌うことで、その命は永遠になるという山口さんの解説が、選曲や曲の内容とリンクし、特に深く感じ入りました。

何十年、何百年と歌い継がれてきた名曲には、簡単には汲み尽くせない奥深さと魅力があって。

そうした名曲に、いま生きている者が触れる意味。

そこに深く気持ちを入れ、仲間と一つの世界を作ろうとすること。

聴いているうちに、

「合唱とはなんて良い趣味なんだろう!」

と、Knotのみなさんが羨ましくなりました。

 

 

KGBLでは、ラフマニノフ《晩祷》のように数多く歌われてきた作品が、若い歌い手の素朴でよく統御された声によって生きてくる。

一方Knotでは、シュッツからブラームスまでの作品に自身を入れ込み、その瞬間の自分たちの世界を作ろうとする。

2026年の神戸と大阪で、古い曲がまったく違う顔で生きていました。

 

歌う人が変われば、同じ曲にもまだ知らない表情が現れる。

それを見たくて、人は合唱を続けるのかもしれません。

 

 

心斎橋・島之内教会

 

朝日作曲賞受賞者は、都留文大合唱団の委嘱作曲家!

 

来年の課題曲集に収められる「朝日作曲賞」受賞作が発表されました。

受賞者は東京都調布市在住の稲室来実さん!

・・・「稲室来実」さん?

あれ、このお名前は・・・

都留文科大学合唱団さんが委嘱された、今年の自由曲の作曲家さんじゃないか!

指揮者が清水雅彦先生から中村仁先生へ代わられて2年目。

初めて目にする作曲家のお名前に「なかなか思い切ったことをされるなぁ」と感心していたのですが。

これは都留文科大学合唱団さんの演奏に大注目ですね。

そしてこの稲室来実さん、桐朋学園大学音楽学部作曲科に在学中。

まだ21歳という若さ!

 

ん? 21歳??

慌てて歴代の朝日賞受賞者の受賞時年齢を調べます。

 

受賞時年齢で見ると、最年少は……。

生年月日がはっきりしない田畠佑一先生の可能性もあるけれど、根岸宏輔先生の受賞時22歳を抜いて、稲室来実さんが歴代最年少受賞者……っぽいです!

 

朝日作曲賞以前の「創作合唱曲公募」まで遡り、佳作も含めると、松崎泰治先生、信長貴富先生が18歳前後でかなりお若い。

それでも朝日作曲賞創設以降、さらに入賞に限ってなら、稲室来実さんが第1位級の若さなのは間違いないようです。

 

稲室来実さんの作品は、YouTubeで、日本歌曲コンクール第1位を受賞した歌曲を聴くことができます。

言葉の響きや抑揚を鋭く捉え、それを音楽や空間へ変換する感覚がとても鮮やか。

ぜひ聴いてみてください。

 

札幌の全国大会、都留文科大学合唱団さんの演奏で稲室来実さんの作品を聴けるのが楽しみです!

 

 

ビバ!合唱「作曲家 信長貴富(1)」 高校3年生の「モビール」に驚く

 

今回の「ビバ!合唱」は「作曲家 信長 貴富(1)」と題し、信長先生をゲストに迎えた回。

小学校で出会った合唱、独学のピアノ、高校でのトロンボーン……など先生の音楽遍歴を知るのが楽しかったです。

 

放送された曲は東京大学コーロ・ソーノ合唱団さんが演奏する「もし鳥だったなら」や、合唱団お江戸コラリアーずさんが演奏する組曲「新しい歌」より「きみ歌えよ」(2台ピアノ版)など。

今回、特に印象に残ったのは、信長先生が高校3年生のときに作曲された「モビール」!

 

青木景子さんによる詩のこの合唱曲は、YouTubeなどで何回か聴いていましたが、今回放送されたのは、信長先生の母校・上智大学混声合唱団アマデウスコールによる初演音源。

さらにピアノは、大学1年生だった信長先生ご本人!

 

久しぶりに「モビール」を聴いて、尾形敏幸作品を思わせる響きを感じられるものの、特にヴォカリーズパートの煌めきや、若々しく瑞々しい感性に強く惹かれ、何度も聴き返してしまいました。

新入生がこんな曲を持ってきたら、当時の上智アマデウスコールは大騒ぎになったのではないでしょうか(笑)。

作曲家や作家には「処女作にすべてがある」という言葉がありますが、「モビール」にも、後の大人気作曲家:信長貴富へつながる感性がすでに息づいているように感じました。

 

今回の配信は8月9日(日)午前8:10まで。

信長先生ゲスト回は来週も続くということ。

次回も楽しみですね。

 

「歌うことは、こんなにも楽しい」 フィリピン・マドリガル・シンガーズ福岡公演

 

合唱が、ここまでエンターテインメントになるとは思いませんでした。

世界的なコンクールで何度もグランプリを受賞した団体なのに、求道者的な雰囲気は皆無。

ステージと客席が一体になって、観客をときに笑わせ、泣かせ、熱狂させる合唱団。

 

7月23日、35度を超える暑い木曜日、広いスロープを上る特徴的な福岡市民ホールへ。

19時開演のフィリピン・マドリガル・シンガーズを聴くため。

大ホールは8割ほど埋まっていたかな。

半円状に椅子が並べられているステージ。

照明が付き、男女交互に登場、20人ほどのフィリピン・マドリガル・シンガーズのメンバーが大きな拍手で迎えられます。

 

団員は椅子に座り、指揮者のマーク・アンソニー・A・カルピオ氏も、いわゆる指揮者定位置の中央では無く、向かって左側の椅子に腰を下ろします。

Allen Pote作曲「聖フランシスコの平和の祈り」(編曲:Robert Delgado)からのオープニング。

見慣れないスタイルへの戸惑いも、20人とは思えない音量音圧と、リフレインで「どこまで昇りつめるんだ!」と言わんばかりの情熱的な歌声に圧倒されるうち、戸惑いはいつしか消え去っていました。

最初から聴く者の心を掴み震わせる選曲と、それを支える確かな技術と心の熱さ。

 

メンバーが名前と自分のパート、曲を紹介し、続いての《ルネサンス・マドリガル》。

気に入ったのはG.G.ガストルディ「歌おう、喜びとともに(Cantiam, lieti cantiamo)」。

羊飼いたちの4声、ニンフたち4声の2グループが交互に歌い交わす名曲。

題名の通り、喜びに満ちたメンバーの表情と声。

それぞれのキャラクターが前面に出た、生き生きとした歌唱の素晴らしさ。

16世紀の作品が、今まさに生まれた曲のような錯覚を覚えるほどの演奏でした。

 

フィリピン現代音楽の2作品を挟み。

ここでは伝統音楽の要素、楽器が入った「Alitaptap(ホタル)」が興味深かったです。

続いての《ポピュラー音楽ステージ》。

熱さばかりと思いきや、ギターを伴った中田喜直「夏の思い出」では、澄み切ったユニゾンとピアニッシモで情感豊かに、しみじみと心の奥まで染み込む音。

芸達者、優れたメンバーが揃っているんだなぁ!と思わせた映画「モアナと伝説の海」より「どこまでも ~How Far I'll Go~」、映画「ライオン・キング」より「サークル・オブ・ライフ」。

しかし、目玉はなんと言っても薄毛小太りおじさんがソロを取ったQueenの名曲「愛にすべてを(Somebody to Love)」!

フレディ・マーキュリーが甦ったかのごとくセンターで熱唱する姿!

後ろの合唱とコール&レスポンスし、ホールを存分に湧かせてくれました。

おじさんの歌の上手さと押し出しの強さ、凄かったな・・・。

 

15分の休憩後、《フィリピン音楽》ステージでは、小説とミュージカルを原作とした「ノリ・メ・タンヘレ」から2曲が演奏され、続いて《世界の音楽》へ。

メキシコ民謡「ラ・クカラーチャ」を小気味良く、一瞬も飽きさせない楽しい演出の男声アンサンブルで。

いやぁやはりフィリピン・マドリガル・シンガーズは芸達者ばかり!

ルネサンス・マドリガルからミュージカル、フィリピン伝統音楽、ポピュラー音楽まで。

これほど幅広いレパートリーを、単に歌い分けるのではなく、それぞれの作品が持つ世界観や精神性まで表現し分けていたのです。

もちろん主旋律を担うパートは、その作品のメッセージをまっすぐ届けようとしています。

しかし印象的だったのは、それを支える他のパート。

ただハーモニーを重ねるのではなく、舞台装置の一部のように空気をつくり、その場面で何を表現すべきかを深く理解して歌っているように感じました。

 

全員が演劇的素養を備えた表現に、合唱劇を多く演奏する栗友会さんの演奏を思い出したりも。

単純に「合唱を歌う」では無く、その作品の背景やメッセージに至るまで、声、身振り、全身を使って表現しようとしているのがビンビン伝わってくる。

「舞台人」として完成されていたんです。

 

黒人霊歌:Signs of the Judgment(最後の審判の兆し)も、その精神性に心から共鳴したような叫びがあり。

松下耕先生の「牛深ハイヤ節」は、この難曲がこんなに軽々と聴きやすく、また魅力的に聞こえるんだ!と驚かされ。

最後はR.Cayabyab「Paraiso(楽園)」をヒーリングミュージックさながら、美しい和音と響きで天国へ誘ってくれました。

 

アンコールは「上を向いて歩こう」をお洒落なアレンジで。

しかし、観客の拍手は止まらない!

続いて演奏されたのはR.Cayabyab「Da Coconut Nut」。

ココナッツを讃えるユーモラスな作品。

この曲でも「Somebody to Love」でソロを取った小太りおじさんが登場!

しかも女性4人を従えて踊る踊る歌う歌う!

フィリピンを代表する合唱団のシメがこの曲とは……参りました。

おじさん、あんた輝いてたよ!

 

 

「合唱がエンタメになる!」を実感したフィリピン・マドリガル・シンガーズ。

聴きながら、「合唱が多くの人に届くには何が必要なのか」を考えてしまったんです。

親密な雰囲気の中で笑わせ、時に泣かせ、熱狂させる。

全体を通して思ったのは、まず非常に練り上げたプログラムだったということ。

フィリピン伝統音楽からルネサンス・マドリガル、さらには日本含め世界各国の音楽からポピュラー音楽まで。

もちろん同じように幅広い選曲の団体はいくつもあります。

 

決定的に違ったのは、それらの音楽で心に引っかかる音楽のメリハリ、技術、振り付けまでもが、究められていたこと。

ちょうどこの時期、合唱連盟の機関誌「ハーモニー」夏号で、長谷川冴子理事長が

 

「合唱やろうぜ、の次は『合唱聴こうぜ』ね」

 

と仰っていましたが、合唱の聴き手を育てるなら、まず《絶対ウケるアンセム》が必要なんじゃないでしょうか。

言うまでもなく、日本の合唱人の間で歌われる愛唱曲は名曲ばかりです。

でもそれだけじゃなく、合唱をあまり経験していない人、海外の人にも「この曲、合唱で聴いたら凄いんだね!」と絶対思わせて拍手喝采してしまう曲。

そんな曲を各団体がレパートリーとして練り上げ、ことあるごとに披露することが「合唱聴こうぜ」に繋がるんじゃないのかな。

フィリピン・マドリガル・シンガーズを聴いてそんなことを思いました。

 

あと大事だと思ったのは、「歌うことの根源的な喜び」があったこと。

今まで聴いたヨーロッパ系の合唱団は、どれだけ上手くても、どこか「こんなんじゃダメ。まだまだ」という求道者の空気があって。

でもフィリピン・マドリガル・シンガーズは違ったんですよね。

高音域のソプラノが恍惚の表情を浮かべ、大音量を張るテノールの顔が喜びに満ち、メンバー全員がその曲の世界に深く没入したまま歌っている。

そんな表情が、演奏会を通じてずっとステージにあった。

「高い音出た!」「デカい音出せるもんね!」「超良い曲!」という純粋な喜びが、そのまま音楽になっていた。

 

技術を極めれば、そういう喜びを前面に出すことは難しくなる。ずっとそう思っていました。

でも、それは単なる思い込みだったのかもしれません。

 

第2部《世界の音楽》で演奏された「花は咲く」。

NHK東日本大震災復興支援プロジェクトのテーマ曲で、岩井俊二氏の詩、菅野よう子氏の作曲。

プログラムには「希望と慰め、そして癒やしのメッセージを紡ぎます。発表以来、困難を乗り越える力(レジリエンス)の国際的な象徴として、世界中で広く歌い継がれています」と。

 

メンバーの一人が切々と歌い始め、隣り合う人が声を重ね、やがてそこかしこで断片的にメロディが広がっていく。声が花開くように。

そしてメンバー全員が「花は 花は 花は咲く」と歌った瞬間、ポリフォニックに交わっていた無数の声がひとつの大きな祈りへと結ばれ。

それぞれの人生や想いがひとつの希望へ集まっていくように感じられて、胸を突かれ。

 

気づけば目から涙がこぼれていました。

そこには「花は必ず咲く」という揺るぎない未来への信頼があり。

その希望が、日本だけでなくフィリピンの歌い手たちにも共有されていることが何より嬉しく、心を強く動かされたのです。

 

編曲のIly Matthew Maniano氏はフィリピン・マドリガル・シンガーズの元団員で、日本でも合唱作品が演奏会やコンクールで歌われる作曲家。

この編曲については調べても情報が得られなかったのですが、震災の犠牲者を追悼するだけではなく、「歌うことが人を希望へ導く力」を鮮やかに描き出していました。

ぜひ、日本の合唱団にも取り上げてほしい。

 

あの涙も、きっと歌うことの喜びから生まれたものだったのだと思います。

 

フィリピン・マドリガル・シンガーズを思い返すたびに浮かぶのは、高い技術でも、フィリピンを代表する合唱団ということでもなく。

「歌うこと、合唱は、こんなにも楽しい」

その当たり前のことを、これほどまっすぐに教えてくれた合唱団を、私は他に知りません。

(フィリピン・マドリガル・シンガーズ福岡公演 おわり)

 

「やりたいからやる!」を、どう支えるか ハーモニー夏号感想

 

ハーモニー誌(夏号)が届きました。

今回特に印象に残ったのは『合唱やろうぜ、大学生 vol.3』と『JCAユースクワイアIN倉敷』の記事でした。

 

○「合唱やろうぜ、大学生 vol.3」

 

「合唱やろうぜ、大学生 vol.3」はとても良かった!

《佐賀大学混声合唱団コーロ・カンフォーラ》団員さんへ信長貴富先生がインタビューする内容。

突然人数が増え、技術的にも向上したカンフォーラさん、なぜ?!その理由に迫るもの。

常永さんというヤル気ある学生さんの存在が、周りを巻き込むことの重要性。

ただそれだけじゃ無く「大学合唱の“外”」の大人から適切な手助けを得られる(この場合は昨年全国大会にも出場したEnsemble Nixさんとその指揮者:中川さん)環境というのも。

記事から良かった箇所を引用すると

 

=================

 

信長 連盟にはこういうことをしてほしいとか、何かアイディアはありますか?

 

三木 連盟には入ってるけどコンクールにしばらく出ていない大学とか、実績があんまりない合唱団でも、気軽に参加できるような講習やイベントがあるといいかなと思います。申し込むのにすごく労力が要るようでは、本当に困窮している団体は何もできないことになってしまうので。それこそ公募のイベントみたいなものがたくさんあると嬉しいですね。

 

信長 なるほど。それはすごくいいアイディア。人数が少なかったりしてなかなか思うように活動できない人たちがハードル低く参加できるような公募企画を作ることで、合唱連盟への加盟の有無にもかかわらず、大学生が外と繋がれるかもしれない。

 

=================

 

↑ 同じくカンフォーラの三木さんのアイディア、信長先生の仰るようにとても良いと思います。

こないだ尾道在住の大学合唱団大好きな、ぜんぱくさんとお話ししたんですが、7月12日に開催された《中国地方大学合唱団ジョイントコンサート》も記事中の《九州地区大学合唱団ジョイントコンサート》も、外部から指揮者を呼ばない、学生だけの自主開催なんですね。

 

演奏会としての完成度を重視する人間なので正直に言うと、自分は選曲や合同合唱の質の面で、外部から指導者を呼ばない演奏会にはあまり興味を惹かれないんですが。(ごめんなさい)

でもそういう「先生をお呼びする」演奏会は、スケジュールやその他の理由で「やらなければいけない」ものになりがち。

現在の大学合唱団も、実情に合わない行事や慣習を、義務感だけで維持しようとして疲弊してしまう。

そんな構図も、大学合唱団が抱える課題の一つなのかもしれません。

 

今回の記事での、九州地区大学合唱団ジョイントコンサートは、正式に決まったのは今年の3月で、開催が今年の6月という超スピード!

「大学生が自分たちで『やりたいからやる!』という意志」は大切にしないとなぁ、と思った次第です。

その貴重な意志を邪魔せず、周りの年長者がどうお手伝いできるか?ですね。

 

別記事での理事長:長谷川冴子先生へのインタビューで「コンクールに、合唱連盟所属の団体は3割しか出ていない。残りの7割に連盟はどうリソースを注いでいくか?」という問いがあったんですが、コンクールに参加しない団体でも気安く参加できる公募イベントの存在、また手助けが必要なときに気軽に手を伸ばしてくれる指導者や団体(佐賀大カンフォーラとEnsemble Nixの関係のような)が必要なのかなぁと感じました。

 

 

○JCAユースクワイアIN倉敷

本文6ページ、グラビア1ページと多くの紙面を割いた記事。

自分も前日の公開リハーサルから行って、コンサートにとても満足しただけに興味深く読みました。

一方で、記事はアシスタントコンダクター、参加者4名、賛助団体2名、岡山県合唱連盟理事長のお言葉で構成されていて。

それ自体はとても良いんですが、アピールばかりでやや俯瞰的な視点に欠けるのでは?と。

ハーモニー誌の記事にありがちなんですけど、企画について主催者、あるいは参加者の一方的な思い入れを熱く語られるだけで

 

○その企画が社会的、合唱界的にどう位置づけられるのか

○類似の企画との違い

○企画の目標と、それがどのように達成されたのか(観客の反応は?)

 

……はあまり語られないことが多いのですね。

 

今回のJCAユースにも

 

○発表会では無く、《演奏会》としての充実度の問題(今回はとても良かったが今までは?)

○日本人特有?の発声問題、本番までに声が疲弊してしまう問題

○開催地への良い効果、影響は存在するのか?(倉敷の青空コンサートは雨で中止、前日リハーサルは平日14時からと社会人は集まりにくい)

○JCAユースで育った人たちに合唱連盟は何を望むのか?

 

……などがあると思うんです。

これらの諸問題に触れ、運営側、参加者、観客側と俯瞰的に観る意見も掲載してもらえると、より記事が深く立体的になるのでは。

全日本男声合唱フェスティバル記事の山脇卓也先生や、Tokyo Cantat記事での坂元勇仁さんは、そういう俯瞰した視点をお持ちだと思いました。

 

これら俯瞰した視点の意見も記事に加えて欲しいと願うのは、「合唱やろうぜ、大学生」と同じ、人を育てるのは制度だけではなく、社会と人とのつながりも重要だと思うからです。

学生の熱意と、それを支える周囲。

その橋渡し役として、合唱連盟が機能できる余地はまだあるのではないでしょうか。

 

あと全くの余談ですけど、グラビアページに1カットだけでも会場の倉敷芸文館、美観地区のショットも欲しかったな!

 

 

その他、市川恵さん「混声三部合唱曲の誕生」や横山直美さん「様式感について考えるために」をとても興味深く読みました。

 

あ!最後に、挟まれていたチラシ、10月公開の映画

「キリコのタクト~YELL~」

あらすじ:合唱コンクール“優勝請負人”とも称された音楽教師・原田貴理子は、消息不明となっていた。北村はかつての恩師でもある彼女の足跡を追い、合唱部の同級生とともに貴理子を探し始める。

 

ストーリーを勝手に想像してみたんですが、宮部みゆき「火車」みたいに失踪した女性を追い求め最後に姿を現すミステリー仕立て?

あるいはブラックジャックみたいに「教員免許がない?そんなことは問題じゃない!人の命を救ってるんでしょう!!」……みたいな(絶対違う)

 

気になる映画です!

 

 

 

大学職場一般部門改編の衝撃|気になる変更点と今後の考察

 

2027年度から大学職場一般部門の編成区分が大きく変わります。

気になる点をまとめてみます。

 

 

1)"純粋"な大学部門へ

 

注目は「大学生による合唱団、インターカレッジ参加可」!

つまり《ユース合唱団は大学部門ではなく、職場一般部門へ》という大改革ですね。

これは平成9年から10年間あった「大学A・B部門」の復活と言っても良いのでは。(当時、大学A部門は8人以上32人以下、B部門は33人以上)

 

少人数の団体でも参加しやすくなることから大学合唱団の増加が期待できますし、「大学生による合唱団」という原点に立ち返ることで、合唱連盟は「初心者の最後の砦」である大学合唱を守ろうとしているようにも感じられます。

 

 

2)同声合唱部門の廃止

 

ただでさえ衰退傾向が激しい《男声合唱》に拍車がかかるのでは?ということ。

女声合唱もAグループ(6~18名)以外では不利になりそう。

しかし、この部門については「演奏スタイルも発声も大きく異なる女声と男声を、《同声》という同じ土俵で評価して良いのか?」という意見も以前からありました。

そう考えると、職場一般部門に組み込まれるのも仕方がないのかもしれません。残念ですが。

 

 

 

3)室内合唱部門の廃止

 

こちらも過去の「一般A・B部門」が復活したと言っても良いかと。

当時は一般A(32名まで)から室内合唱(24名まで)へ移行する際、「人数を減らして室内合唱を指向するか?それとも人数を増やすか?」という混乱があったと記憶しています。

室内合唱(24名以下)へ出場していた団体は、Aグループ(6~18名)かBグループ(16~40名)のどちらで出場するのか?

さらに「16~18名の団体はA・Bどちらを選ぶのか」も悩ましいところですね。

個人的には「室内合唱」という名称は変更すべし!と訴えてきたので、この名称変更は歓迎します!(↓ リンク先記事最後【室内合唱部門を振り返って】)

 

 

4)混声合唱の部は?

 

昨年の佐賀全国大会、混声合唱部門は全16団体。

Cグループに該当しない《36名未満》の団体は3団体でした。

ただ、Bグループの《40名以内》まで広げると7団体になります。

こちらの部門も「Bグループに出場するか? Cグループに出場するか?」で悩ましいことになりそう。

 

 

 

5)全国大会のスケジュールは?

 

大学AB、職場一般ABCと1部門増え、計5部門になったため、全国大会2日間の振り分けはどうなるのでしょうか?

過去に倣うなら、大学A・Bとも「大学グループ」としてひとつにまとめるのでしょうか?

 

《一日目》

午前:大学AB

午後:職場一般A

 

《二日目》

午前:職場一般B

午後:職場一般C

 

……になるのかも?

 

 

《発表後のネットの反応を見た雑感》

 

○ユース団体排除? それとも大学合唱保護?

やはり「ユース団体は職場一般部門へ」の衝撃は大きかったようです。

ユース団体の社会人団員は、コンクール時期だけ活動を休むのはどうか……と一瞬考えたのですが、コンクール期間は長く、現実的ではなさそう。

コンクール活動を中心にしていたユース団体にとっては、活動意義そのものを問われることになりそうです。

「大学生による合唱団」ということで、「みんなで放送大学に入ったら?」なんてネタっぽい投稿もありました(笑)。

 

大学部門の団体名は、単独の大学名や大学公認でなくても良いのでしょうか。

大学ABを実施していた2003年の大学部門には、「合唱団々」という団名の、複数大学による合同合唱団もありましたね。

 

「合唱初心者の最後の砦」と書いたのは、ユース団体と比較すると、大学合唱団の方が初心者を迎え入れ、育てやすい環境やシステムを持っていると考えているからです。

優れたユース団体がいくつも生まれ、存在感を増していたのは喜ばしいことでした。

しかしその反面、大学合唱団の存在感が相対的に薄れてしまったのも事実でしょう。

今回の改革で大学合唱団員が急激に増えるとは思いません。

しかし、コンクールに参加している大学合唱団にとっては、大きなモチベーション向上の機会になるのではないでしょうか。

また、「6~25名」規模の大学合唱団が全国大会を目指しやすくなることも、歓迎すべき変化だと思います。

 

 

○同声合唱部門廃止がもたらすもの

「同声合唱部門の廃止により、男声合唱衰退に拍車がかかるかもしれない」と書きましたが、同時に女声合唱にとっても厳しい変化になりそうです。

ただ、Aグループ(6~18名)については、女声ならではの3パート構成や声質の同質性が有利に働く可能性もあります。

さらに、人数の多い少年少女合唱団もCグループで存在感を増していくのではないでしょうか。

 

 

○《大会の華》はどのグループへ?

全日本合唱コンクール全国大会で最も注目を集めるのは、やはり混声合唱の部でしょう。

“大怪獣バトル”と揶揄されることもあるこの部門は、その時代の合唱界を映し出す鏡でもあります。

一方で32名以下の一般A部門が、先進的な選曲や優れた演奏によって《大会の華》と見なされていた時代もあったと、個人的には感じています。

 

昨年の混声合唱部門では、第1位のVOCE ARMONICAさんが団員数40名、長年金賞を受賞してきたCombinir di Coristaさんは41名でした。

両団体とも新制度では、Bグループに出場していても全く不思議ではない団員数です。

新たな《大会の華》は、やはり大編成が集うCグループになるのでしょうか。

それとも、実力団体がひしめくことになりそうなBグループになるのでしょうか。

 

東西四連配信感想

 

 

6月27日、京都コンサートホールでの東西四大学合唱演奏会(通称:東西四連)の配信を視聴しました。

アーカイブは7月3日(金曜日)23時まで視聴可能だそう。

 



慶應義塾ワグネル・ソサィエティー男声合唱団(53人)

新実徳英「ことばあそびうたII」

佐藤正浩先生の指揮で。

大ヒットしたこの曲を久しぶりに聴きます。

ナンセンスなことばあそびの詩を、超絶難易度の技術と感情のメリハリで聞かせるギャップが楽しい。

ワグネルは非常に練られた発声でさらにその効果が増し。

「うとてとこ」「たそがれ」では前田勝則先生のピアノの抒情も優れ、良いステージ!

 

 

関西学院グリークラブ(40名)は更に古い名曲、清水脩「アイヌのウポポ」を手堅く。

広瀬康夫先生の指揮で。

単純な曲調ながらリズムや現地の生活が匂うような雰囲気で聴かせます。

アイヌの土俗性や高音域にもう一踏み込み欲しい気もしましたが、良い曲を良い曲と感じさせる誠実な演奏。

団員数が増えていて嬉しい。

 

 

早稲田大学グリークラブ(42名)

「ハレー彗星独白」は鈴木輝昭男声作品で一番人気の曲だと思いますが、今まで自分にはピンと来なかったんですよね。

しかし今回は非常に面白く聴けました!

ワセグリの、時に暴発しそうなエネルギーを、昨年のブザンソン国際指揮者コンクールで優勝した若き俊英:米田覚士氏が上手く道筋を付けた印象。

最終曲の繊細な指揮と相まって、弱声のサウンド造りは現地で聴きたかった!

米田氏へのオファーは優勝前だったはずなので、白羽の矢を立てたワセグリ運営の慧眼には唸らされます。

こういう20代のオーケストラ指揮者に、客演を依頼しがっぷり噛み合った真剣勝負を目指すアマチュア合唱団って、自分が知る限りワセグリだけ。

難しいでしょうが、他の団体も追随して欲しいですね。

 

 

同志社グリークラブ(49名)

伊東恵司さんの指揮でヴェリヨ・トルミスの2作品。

「Kokko lenti koillisest(北東から鷲が舞った)」 「Raua needmine (鉄への呪い)」、いずれもリフレインが多い作品ですが、緻密なサウンドとテンションの計算で、特に「鉄への呪い」は呪術性まで感じられて。

先日、同曲の混声版も聴いて良いなと思ったのですが、こういう演出があるなら(なにコラさんのコンクール演奏を思い出しましたねw)統一感の説得力でやはり男声版に一票!

これも現地で聴きたかった!

 

 

合同演奏は信長貴富「帆を上げよ、高く」。

伊東恵司さんの指揮で。

詩はみなづきみのりさんなので、ある意味自作自演。

テキストの一部はピエロに触れていて、曲調も名曲「月光とピエロ」を思わせる瞬間がありました。

伊東さんの師、福永陽一郎氏が愛されていた曲ということもあったのでしょうか。

東西四連の次の日には、福永氏の生誕100周年記念式典があったそう。

 

アンコール2曲目の「響け、彼方へ」が、彼らの愛唱歌になったんだなぁと思わせました。

この曲も2022年のコロナ禍明け、3年ぶりの東西四連で委嘱された曲という事情を思えば感慨もひとしお。

 

男女平等、ジェンダーが盛んに論じられる現在だからこそ、「男性/男声ならではの良さ」を考えてしまいます。

荒々しさと繊細さ、一点へ注ごうとする膨大なエネルギー、シリアスな局面でもどこか哀しさを漂わせる・・・。

この日の単独ステージの選曲と演奏は、女声はもちろん、混声でも代えがたい、男声ならではの魅力が出ていたのでは。

男声合唱を取り巻く現状も厳しくなるばかりですが、こうして若い世代が男声合唱の豊かな遺産を受け継ぎ、優れた演奏で歌い継いでいることに希望を感じました。

 

繰り返しますがアーカイブは7月3日(金曜日)23時まで視聴可能。ぜひ!

(イープラス配信チケット販売は7月3日19時まで)

 

 

第75回 東西四大学合唱演奏会 感想

(とのとののブログ)

自分より年長男性、さらに大学男声に並々ならぬ愛が感じられる記事。

ワグネルのアンコール曲も記されていて有難かったです。