若手作曲家座談会から地域移行まで:注目のハーモニー夏号

 

ハーモニー誌:夏号が届きました。

 

 

■田畠・根岸・宮本、いま最注目の作曲家たちのリアル

 

やはり注目は「若手作曲家座談会」!

田畠佑一先生、根岸宏輔先生、宮本正太郎先生……と、今をときめく若手作曲家3人の経歴がどれも面白いです。

司会:真下先生の企画らしい「他2人が当人の音楽の特徴を語る」構成が最高で。

純粋なクラシック少年だった田畠先生が、ポップスに目覚めたのはAKBのヴィジュアルが理由だとか(「動機が不純なんだよ」と宮本先生に突っ込まれる 笑)。

その田畠先生評の宮本先生は「音数の多いフランス人」!

 

指揮者など演奏する側が作曲家の作品を論じると、どこか抽象度合いが高く、総花的な要素が多い印象ですが、今回の「作曲家が作曲家を語る言葉」がとても興味深く、ワクワクしましたね。

そうそう、自分がイチオシの根岸先生は宮本先生から「詩の言葉のニュアンスに合わせた、独自の和声がある」、それを受け、根岸先生は「大学の頃から先生に『自分にしか書けない音を見つけなさい』と言われてきた」そう。

自分が根岸作品から感じる新しさ、魅力はここにあるのかも、と思わせました。

 

ほかに各氏がテキストに現代詩を選ばれる姿勢、感性にも痺れました。

これから広く多く演奏される作曲家。

新しい時代が来てる…!と胸が熱くなる特集でした。

 

 

■合唱ファン必見!シックスティーン福岡公演のプログラムに胸熱

 

そして、もう一つ見逃せないのが「ザ・シックスティーン日本公演」の文字!

記事の通り、佐賀全国大会の翌日が福岡公演だったので、迷わずWEB割のS席4,000円を確保(安い〜!)

WEB購入はU25ならA席2,000円!!!

学生のみなさん、九州観光も良いですが、旅の終わりに極上の合唱を聴いて帰るのはいかが?

 

自分はザ・シックスティーンが演奏するマクミラン:Strathclyde MotetsからLux aeternaが好きでねぇ……。

プログラム内にStrathclyde Motetsがあるから、この曲もぜひ演奏してくれないかな・・・

 

 

他には

◉戦後80年:信長貴富先生とお母様の幸子さんの対談(お父様がイケメンだったというエピソードも!)

◉JCAユースクワイアレポート(来年は倉敷芸文館で開催)。

楽しみにしている連載:松本直美氏の 様式感について考えるために 歴史の文脈から考える「合唱」。

戸ノ下達也氏による「中学校部活度王の地域移行(地域展開)の取り組み」。

和歌山県:阪本理事長の「合唱そのものを世間の中に増やしていく」ご提言と、その下の本山先生の「関西その日その日」コラムは「Nコン」について書かれていて、内容について不思議なリンクがありどちらも興味深く読みました。(配置は偶然だそうですが)



そんなわけで今回も読み応えある記事満載!

読もう、ハーモニー!

 

女声合唱団フィオーリ結成40周年記念演奏会感想

 

出雲での女声合唱団フィオーリ結成40周年記念演奏会。

いちばん印象的で心を捉えたのは第3ステージの「ユーミン・オールディーズ」でした。

ユーミン(松任谷由実)にそれほど思い入れの無い自分が、ここまで深く感じ入るのは自分でも意外だったのですが。

演奏会全体を振り返れば、このステージに結実している気もして納得の思いもあります。

それは「プログラミングの妙」「女性の変化と普遍」というふたつのテーマ。

では、この演奏会がどんなものだったのか振り返ってみましょう。

 

 

■座敷唄が問いかけるもの:時代を超える女性の意志

 

7月6日の日曜日、昼過ぎ。

30度を超える気温の中、出雲大社前駅から歩いて数分の「大社文化プレイスうらら館だんだんホール」へ。

今回は作曲家:信長貴富先生の作品展で、すべての曲を信長先生が選ばれた演奏会。

ピアニストの平林知子先生も歌い手に加わった24名による(うち男性2名)無伴奏の「こころよ うたえ」(詩:一倉宏)から幕開け。

詩の「いのち尽きるまで 歌え」という一節、この演奏会の志を強く宣言するような歌唱。

 

続いて団員さんは思い思いの布を衣装に付けて『デフォルメとフュージョン〜三つの座敷唄による〜』

雨森文也先生の指揮で。

1.梅は咲いたか

2.鬢のほつれ

3.へらへら

 

座敷唄はいわゆる「宴席で芸妓が三味線などを伴奏に歌う俗曲」を指します。

「梅は咲いたか」は元曲から春の情景を歌うのんびりした雰囲気かと思っていましたが、その予想は良い意味で裏切られました。

平林先生の鋭いピアノは現代ジャズを思わせ、激しく合唱と応酬する難曲。

「鬢のほつれ」も、浮気を疑われた遊女の言い訳(鬢の乱れは他の男との情事が理由では無く、枕のため……)から、どこか艶のある曲想と予想していたのですが。

しかし「苦界=遊女の境遇」を表わしたような暗く重い前奏に始まり、そこへ女性の情念まで感じさせる深い表現が心に迫ります。

「へらへら」は軽やかなリズムで陽気な「へらへら踊り」を元にしたものだとか。

これは自分の「座敷唄」のイメージに近いものの、それでも速いテンポで複雑なリズムが交差するかなり現代的な難易度の高い作品。

難曲を見事に歌い切っていたのは素直に感心しましたが、当初持っていた「座敷唄」のイメージから大きく違っていたのは驚き、考えさせられました。

 

現代では、芸妓や遊女が身を置いていた、吉原などの遊郭を題材にしたドラマやアニメには厳しい意見も存在します。

(信長先生もこの作品について「効率化や法令遵守が過剰に求められる現代社会へのアンチテーゼの意図も含まれている」と述べられていて)

現代基準のコンプライアンスや不快感から、遊郭という存在を目に触れさせまいとする行為ははたして正しいのでしょうか。

遊女も芸妓も、男性が好む女性像そのままではなく、裏には強い意志があり、確かに生きていたのだ、そんな主張がこの作品に込められている、そう考えるのは穿ちすぎでしょうか。

 

 

 

■『超訳恋愛詩集II』:古今を繋ぐ女性の心情

 

続いては女声合唱とピアノのための

『超訳恋愛詩集II』

1.みだれ髪

2.そうね、私は年をとった

指揮:雨森文也

 

与謝野晶子の「みだれ髪」、小野小町の和歌を題材に、菅原敏氏の「超訳」が冴える作品。

例えば「花の色は うつりにけりな」が「そうね、私は年をとった」と訳される面白さ。

前半の原詩パートでは古謡のしっとりした雰囲気で、ひとりの女性の思いの丈がこぼれる抒情、そして「超訳」パートではガラリと表情を変え。

どこか捨て鉢な「そうね、私は年をとった」が、ビートの効いた平林先生のピアノでドライブ!

最高にクールでカッコイイ!

 

 

 

■「女性の変わるものと普遍的なもの」:3つのステージが語るテーマ

 

ここで前述の「ユーミン・オールディーズ」に繋がってくるのですが、その理由は、演奏前のトークコーナーで信長先生が語られた、ある言葉にありました。

 

「ポップスも座敷唄も合唱曲も、それほど違うと思って作曲していない。音楽として繋がっている

 

この発言が非常に印象的だったんですよね。

実際、「プログラミングの妙!」と唸ったのは、第1ステージの「座敷唄」で示された江戸情緒の音楽が、続く「超訳恋愛詩集」の前半パート、いにしえの響きと自然に繋がっていたからです。

さらに「超訳恋愛詩集」の後半で展開するビート感ある現代的な音楽が、ポップス編曲の「ユーミン」へと違和感なく繋がっていく……。

その流れのなかで、「音楽として繋がっている」という信長先生の言葉の重みがひしひしと伝わってきました。

 

また、「座敷唄」では男性に隷属するも巧みに意志を通そうとする芸妓の姿が見え隠れします。

続く「超訳恋愛詩集」では、小野小町や与謝野晶子の作品から、平安・明治に生きた女性たちの心情が現代にも通じることが読み取れました。

そして、ユーミンの楽曲に触れると、さらに視界が開けます。

それまでの歌謡曲が「男性詩人が望む女性像」を投影してきたのに対し、ユーミンは女性自身の視点で主体的に生きる姿を描いていたのです。

 

こうして見えてきたのは、変化する立場や社会性と、それでも変わらない心情。

つまり、「女性として変わるものと普遍的なもの」というテーマでした。

 3つのステージを通して浮かび上がったこのテーマは、とても刺激的で、私の心に力強く刻まれました。

 

石橋久和先生が指揮をされた「ユーミン・オールディーズ」は、言葉の扱いも細やかで、団員さんの歌唱も一段と伸びやか。

そこには、歌う人々の思いが確かに息づいていました。

ユーミンにはそれほど思い入れが無いと書きましたが、あらためて合唱で聴くと、その詩やメロディの力に圧倒され、「さすが!」と思わせる名曲ばかり。

特に前半の3曲「卒業写真」「瞳を閉じて」「ノーサイド」。

1曲の中に過去・未来・いま、三つの時間軸が見事に織り込まれ、最後に心情と意志を歌い切る構成に痺れてしまいました。

平林先生の豊潤なイメージから生まれる多彩な音色のピアノ、宇家郁子先生の作品の心情を映し出す繊細なフルート、そして信長先生が考案した演出(なんと、団員さんは1日で覚えたとか!)。

こうした要素が響き合い、完成度をさらに引き上げる、実に素敵なステージだったのです。

 

余談ですが、ぜんぱく先生に送ってもらった帰りの車内で「ああいうポップスの合唱編曲をまとめたものは、いま現在のヒット曲では難しいかも?」という話になって。

 

理由は2つ。

①曲が高難度化(テンポ速すぎ、キー高すぎ、転調多すぎ!)

②“幅広い世代に長く愛される曲”が出にくい(好みの細分化&消費スピードUP)

 

……とはいえ「20年後には米津玄師やヨルシカのオールディーズが出てるかもね⁈」と笑って終わったのですが。さて、どうなるでしょうか?

 

 

 

■歌う行為への問い:「ソング」に感じたこと

 

休憩を挟んで、二部合唱のための3つのソング

『ねむりそびれたよる』

・忘れものをとりにいらっしゃい

・ねむりそびれたよる

・ピカソ

指揮は信長貴富先生。

 

ステージの前には、信長先生と雨森先生のトークコーナーがありました。

「ソングとは何か?」という問いかけから始まり、「オペラのアリアとはどう違うのか?」

雨森先生の質問に対し、信長先生はこう答えられます。

 

「ソングはアリアよりも、言葉やキャラクター、そして心情に寄り添っている」

 

この言葉には、とても関心をそそられました。

「集団で歌う」行為に対し、常に問題意識を持ち続ける信長先生。

テキストの選択や作曲、演奏形式など、そのすべてにご自身の答えを示されているように感じます。

だからこそ、この「ソング」は、「歌うとは何か?」その問いへのひとつの答えなのではないか。

そんなふうに思わずにはいられませんでした。

二部合唱編成、さらにホモフォニック(※複数の声部が同じリズムで進む合唱形式)を中心に据えたこの作品は、その信念を象徴するものに思えたのです。

 

さて、ここで「言葉が伝わること」について、少し考えてみたいと思います。

合唱の演奏で、「言葉が分かりにくい」、そんな感想を目にすることがありますね。

音の高低やリズムにこだわり、言葉と音楽をしっかり結びつけた作品を、作曲家の理想を酌み取って演奏する。

それはもちろん価値のあること。

しかし、ポリフォニックに声部が交錯する作品でも、「言葉の明瞭さ」を常に求めるべきでしょうか。

そもそも、もし「言葉」だけを聴きたいのであれば、合唱や声楽ではなく、朗読でも良いんじゃないか……。

すべての合唱作品において「言葉の聴き取りやすさ」だけを重視するのではなく、作品によって柔軟に考えるべきではないか。

そんな思いが強くなりました。

 

今回の二部合唱の「ソング」は、ホモフォニックな箇所が多く、言葉のニュアンスも生かされ、詩のメッセージが真っ直ぐに伝わってきます。

とりわけ印象的だったのは、最終曲の「ピカソ」。

親しみやすいメロディの「ソング」の中、「ピカソ」は「私が死んだらさ」とひときわ軽妙に始まる谷川俊太郎氏の詩。

谷川俊太郎氏への追悼の気持ちを込めた選曲だったのかもしれません。

信長先生自らの指揮に、フィオーリ団員の皆さんが力強く応えたこのステージ。

その演奏は、疑いなく充実感に満ち溢れていました。

 

 

■村上昭夫の詩が現代に響く:『闇のなかの灯』

 

最終ステージは女声版初演

『闇のなかの灯』

I.闇のなかの灯

II.世界

Ⅲ.ふと涙がこぼれる

指揮:石橋久和

 

編曲委嘱の経緯について、指揮の石橋先生はこう話されていました。

松江北高校がコンクールで演奏した「ふと涙がこぼれる」に、「一目惚れ」ならぬ「一聴き惚れ」したことがきっかけだったのだと。

この作品は、コロナ禍の2022年、東京混声合唱団の委嘱初演作品。

私も配信で聴いて以来、深く心に残っています。

シベリア抑留を経験し、結核に苦しみながら41歳で世を去った村上昭夫。

「死と隣合って静かな慟哭をもってうたわれた詩」という評もある詩人。

彼の人生と詩から、目を逸らすことはできませんでした。

 

ある意味簡素なフレーズとリフレイン、「3つの祷歌」という副題から、祈りの場で歌われる賛美歌も連想させる「闇のなかの灯」。

世界全体が暗闇に沈んでいたかのような2022年に生まれたこの作品は、 「大丈夫」とも「輝かしい未来がある」とも語りません。

それでも、 闇の中にある灯とは、外にある光ではなく、心の奥に微かに灯るものなのだと、そっと教えてくれるようです。

 

そして最終曲「ふと涙がこぼれる」。

この良曲を世界に広めたい、石橋先生とフィオーリのみなさんの強い願いが、見事に結実した演奏だったと思います。

ただただ圧倒されました。

こぼれた涙の先に、もしかすると新しい希望が芽生えるかもしれない――。

詩と音楽は、静かに、しかし確かにそんなエールを灯していました。

 

 

■出雲の合唱団が発信する意味:演奏会総括

 

聴き終えた後、思わず精一杯の拍手を送りました。

出雲の地で、20数名の合唱団が、これほどまでに幅広い作品を、これほど志高く、充実した演奏で届けてくれるとは。

感嘆するばかりです。

暗譜で歌われる団員の方も多く、その表情、何より届いた歌声からは 「演奏会に賭ける並々ならぬ想い」が伝わってきました。

音楽監督の雨森先生が 「自分が関わるようになってから、一番良かった演奏会」と仰ったのも、きっと誇張ではないでしょう。

 

この演奏会は単にレベルが高いだけにとどまりません。

むしろ、 「作曲家:信長貴富の創作動機に見事応えた演奏会」だったと言うべきでしょう。

信長先生ご自身が手がけた選曲、トーク、指揮からは 「合唱とは何か」「歌うという行為の意味」さらにはその未来までもが見えてくるような、多層的な魅力がありました。

 

フィオーリ結成40周年にふさわしい、記憶に深く刻まれる会。

アンコールは「ユーミン・オールディーズ」から「やさしさに包まれたなら」。

最後に、信長先生自らの指揮で覚和歌子氏の詩による「リフレイン」。

この「リフレイン」は、演奏会を閉じるにふさわしい一曲。

特に胸の奥へ響いたのは、次のフレーズです。

 

 

なんどでもくりかえす

この今は 一度だけ

 

 

40周年記念という「今」が、まさにこのフレーズに凝縮されているかのようでした。

一度きりの「今」を、私たちは、確かに体験したのだと。

 

 

合唱ジョイントコンサート2025-未来拓く魂・つどい歌う- のお知らせ

 

 

札幌の合唱界へ東京のCANTUS ANIMAEさんが殴り込み?!

熱い熱いジョイントコンサートのお知らせです。

 

合唱ジョイントコンサート2025

-未来拓く魂・つどい歌う-

 

東京で活躍している「CANTUS ANIMAE」さんを迎えて、札幌で活動している3団体とのジョイントコンサート。

昭和・平成の名曲を集めた単独ステージに加え、最後の合同ステージでは総勢約170名の出演者で「光る砂漠」を演奏。

 

私も聴きに行きます!

 

 

■出演団体

【札幌】札幌混声合唱団・CHOR AION・リトルスピリッツ

【東京】CANTUS ANIMAE

 

■日時:2025年7月21日(月・祝)

開場 12:00 開演 12:30

 

■場所:札幌市教育文化会館 大ホール

 

■入場料:1,500円(高校生以下無料)

 

■プログラム

 

ゲスト出演 CANTUS ANIMAE

混声合唱とピアノ連弾のための『二つの祈りの音楽』(松本望)

指揮者 雨森文也

ピアニスト 平林知子・野間春美

 

 

札幌混声合唱団(指揮:橋本浩 ピアノ:平林知子)

混声合唱組曲『水のいのち』  

作詩:高野喜久雄 作曲:髙田三郎

 

CHOR AION(指揮:山吹達也 ピアノ:石井ルカ)

川崎洋の詩による五つの混声合唱曲『やさしい魚』

作詩:川崎洋 作曲:新実徳英

 

リトルスピリッツ(指揮:北田悠馬 ピアノ:藤村美里)

混声合唱とピアノのための『超訳恋愛詩集Ⅰ』

原文:杜甫・在原業平 作詩:菅原敏 作曲:信長貴富

 

 

合同ステージ

混声合唱組曲「光る砂漠」(萩原英彦)

混声合唱曲「生きる」(三善晃)

 

客演指揮者 雨森文也

客演ピアニスト 平林知子



■「演奏会の見どころ」から

札幌では3月と5月にこれらの曲を課題曲にした合唱講習会を開催しました。

特に「光る砂漠」については組曲がこの世に生まれた背景を参加者全員で学び、雨森先生の熱い指導のもと、平林先生の極上のピアノとともにアンサンブルをするという至福な時間を過ごしました。叶うことなら北海道の全合唱人に受けていただきたかったくらいです。

今回の合同合唱には4つの混声合唱団にこの合唱講習会の公募参加者を加え、総勢約170名が参加します。

演奏する方も今から本番が楽しみでたまりません。魂がこもった歌声をお届けできると思いますので、ぜひご期待ください。

https://little-spirits.jimdofree.com/%E6%BC%94%E5%A5%8F%E4%BC%9A%E6%83%85%E5%A0%B1/%E7%89%B9%E8%A8%AD%E3%83%9A%E3%83%BC%E3%82%B8/%E6%BC%94%E5%A5%8F%E4%BC%9A%E3%81%AE%E8%A6%8B%E3%81%A9%E3%81%93%E3%82%8D/

 

そんなわけで、札幌の世代の異なる3つの合唱団が、個性あふれる選曲と演奏を披露。

ゲスト団体として、札幌出身の作曲家・松本望先生への委嘱初演から、現代合唱界で特別な存在感を放ち続ける《二つの祈りの音楽》を携えてCANTUS ANIMAEさんも加わります。

 

合同演奏は、永遠の名曲・萩原英彦先生《光る砂漠》、そして三善晃先生《生きる》。

動画の中で雨森先生も語られていましたが、今回の客演指揮の依頼とともに《光る砂漠》の演奏もセットでお願いされたそう。

どの曲も非常に聴き応えのあるプログラムで、サブタイトル「未来拓く魂」の通り、未来への力強い一歩となる演奏会の予感がします。

 

7月の札幌は、私にとって一年で一番好きな季節と場所。

爽やかな札幌の空気の中で、この上なくアツい合唱を聴ける機会を心から楽しみにしています!

 

 

クール シェンヌ第22回演奏会のお知らせ

 

 

 

関西の実力合唱団 クール シェンヌさん。

今年も素晴らしいプログラム、さらにアーカイブ付きネット配信も!

 

 

 

クール シェンヌ第22回演奏会

 

■日時:2025/7/5(土)

開場: 16:00 / 開始: 17:00 / 終了予定: 19:00

 

■会場:住友生命いずみホール

■チケット(全席指定):一般2,000円 学生1,000円

 

■演奏曲

 

Assumpta est Maria / G.P.da Palestrina

Fürchte dich nicht, ich bin bei dir BWV 228/ J.S.Bach

Agnus Dei / S.Barber

Messe pour double Choeur a cappella / F.Martin

混声合唱組曲「方舟」/ 木下牧子

 

指揮:上西一郎(主宰・音楽監督)

ピアノ:浦史子

合唱:クール シェンヌ

 

■みどころ

昨年のバッハロ短調ミサまでの古典の流れを汲みつつ、初演奏となるマルタンのミサをはじめ、近代音楽を取り入れた演奏会です。

格調高い名曲たちを皆様にお届けいたします。

 

 

配信チケットの販売も!

アーカイブは7日間1,000円:追加料金不要

14日間:+200円、30日間:+300円

指揮者専用カメラもあるということなので、上西先生の指揮から学ばれたい方はぜひ!

https://choeurchene.zaiko.io/e/coolshen22

 

 

パレストリーナにバッハ、バーバーの《Agnus Dei》、マルタンの二重合唱ミサ、そして木下牧子先生の《方舟》。

まるで世界の名曲を一晩で歌い尽くそうとするかのような、直球ストレート160キロの剛速球プログラム!

 

個人的に一番楽しみなのは、やはりバーバー。

声楽的にもかなり難易度の高い作品ですが、シェンヌさんなら勢いや熱さだけじゃない「作品の説得力」をきっと聴かせてくれるはず。

 

初めての演奏というマルタンも言わずと知れた名曲。

あのドラマティックな展開を、どう表現してくれるのか楽しみ。

 

そして《方舟》。

2007年の演奏会以来の再演でしょうか?

あれから18年、さらに深化したシェンヌさんの「方舟」が聴けるなんて…期待しかありません。

 

残念ながらいずみホールには伺えないのですが、ありがたいことに今回も配信があります!

さらにアーカイブ視聴もOK!

https://choeurchene.zaiko.io/e/coolshen22

これはもう、聴くしかない!

私と同じ遠方の方々も画面越しに、シェンヌさんの豊潤な響きを全身で浴びましょう!!

 

 

女声合唱団フィオーリ結成40周年記念演奏会のお知らせ

 

島根県出雲市の女声合唱団フィオーリさんの40周年記念演奏会のお知らせです。

 

私も行きますよ!

 

 

歌に焦がれて

〜フィオーリ結成40周年〜

信長貴富女声合唱作品展vol.3

 

【日時】

2025年7月6日(日)

14時開演予定(13時開場)

 

【会場】

大社文化プレイスうらら館だんだんホール

【アクセス】

・JR「出雲市」駅より一畑バス出雲大社行き「吉兆館前」下車徒歩5分

・一畑電鉄「出雲大社前」駅より徒歩10分

・山陰自動車「出雲IC」から車で約20分

・出雲空港よりJR出雲市駅まで連絡バスあり(約30分)

 

 

 

 

作曲家:信長貴富先生が自ら選曲された自作品の個展演奏会!

先生をゲストにお迎えし、東京混声合唱団の初演も印象深い『闇のなかの灯』【女声版委嘱初演】

さらに信長先生が指揮される作品も!

 

 

【演奏曲】

 

●女声合唱とピアノのための

『デフォルメとフュージョン

〜三つの座敷唄による〜』

1.梅は咲いたか

2.鬢のほつれ

3.へらへら

指揮:雨森文也

 

●女声合唱とピアノのための

『超訳恋愛詩集II』

1.みだれ髪

2.そうね、私は年をとった

指揮:雨森文也

 

●女声合唱・フルート・ピアノのための

『ユーミン・オールディーズ』

1.卒業写真

2.瞳を閉じて

3.ノーサイド

4.ユーミン・オールディーズ・メドレー

指揮:石橋久和

 

● 二部合唱のための3つのソング

『ねむりそびれたよる』

・忘れものをとりにいらっしゃい

・ねむりそびれたよる

・ピカソ

指揮:信長貴富

 

●女声版初演

『闇のなかの灯』

I.闇のなかの灯

II.世界

Ⅲ.ふと涙がこぼれる

指揮:石橋久和

 

 

ピアノ:平林知子

フルート:宇家郁子

 

 

【チケット】

大人:2000円

高校生以下:1000円

 

 

演奏についての詳細な解説はフィオーリさんのXアカウントをご覧になっていただくことにして。

自分が特に注目しているのは 

 

女声合唱とピアノのための『デフォルメとフュージョン〜三つの座敷唄による〜』

 

フィオーリさんのポストによると

この曲は「酒宴の場で三味線・鼓・太鼓に合わせて歌われた『座敷唄』」を元に作られた作品。

 

さらに…信長先生からのメッセージとして

 

「効率化や法令遵守が過剰に求められる現代社会へのアンチテーゼの意図も含まれている」

 

……とのこと。

たしかに遊郭を題材にしたドラマやアニメなどでも批判がある現在、その世界の一端を合唱で味わえるこのステージに注目してしまいます。

↓ こんな動画も観て予習したり(フィオーリの中の人も既にご覧になっていたとか)

 

当時の情緒と、現代社会への鋭い問いかけが響くステージになりそうです。

 

 

 

【チケット・託児情報】

チケット取り置き&託児申込みの締切は6月末日まで!

 

👉託児 お申込みはこちら

👉チケット取り置きフォームはこちら

締切が迫っていますので、ご希望の方はお早めに!

 

 

というわけで、7月6日は、島根近隣の方はもちろん、

遠方の方もぜひ!

 

ごいっしょに

「フィオーリ40周年記念演奏会」

この特別な一日をお祝いしましょう!

 

150人の『若者たち』 東西四連配信を聴こう!

 

 

 

関西学院グリークラブ

慶應義塾ワグネル・ソサィエティー男声合唱団

同志社グリークラブ

早稲田大学グリークラブ

 

東西四大学の男声合唱団が1年ごとに開催する通称「東西四連」。

今年は6月22日18時からすみだトリフォニーホールで行われたのですが、有り難くもライブ配信があり聴くことが出来ました。

 

※1週間のアーカイブ付き:6/28(土)まで購入可能(?)

 

 

 

■関西学院グリークラブ(32人)は広瀬康夫先生の指揮でシェーファー「Magic Songs」

練られた男声合唱の倍音が、呪術的な力を増しているような。

ただ、シェーファーの作品に限らず、こういう「演奏効果」を全面に出す曲が説得力を生む、生まないの違いは何か?

「音さがしの本」にもあったように、自分の身体と音の関係性、さまざまな音へ自身の記憶と感情を繋げる想像力の深さなのだろうか?

流麗さを重んじケレン味を抑える、良く練習を積んだ演奏でした。

 

 

■早稲田大学グリークラブ(46人)には驚いた!相澤直人先生の指揮で「夢の意味」。作曲家:上田真樹先生ご本人のピアノ。

ここ数年の印象とは違いフレーズの歌い込みが深く感じられる!ハーモニーの精度の高さや柔らかさ、弱音の表現も優れ、ところどころに優雅さが香る様は別団体のよう。

それでも最後はワセグリらしさが爆発!夢の世界から全身全霊で生きる意味を問う熱演!

これぞ大学男声を聴く、合唱の意味だよね~、と。

 

 

■同志社グリークラブ(37人)は多田武彦「雪と花火」を伊東恵司さんの指揮で。

「芥子と葉」からアタッカで入る最終曲の「花火」、触れそうに近いはずなのに遠い花火のような想い人。

そのかすかな煌めきに似たもの、尊い「わかいこころの孔雀球」を宿す同グリメンバーに重ねたのでしょうか。

伊東さんの眼差しは消えていく花火を見つめ、そして心の裡にそっと閉じ込めるようでした。

 

 

■慶應義塾ワグネル・ソサィエティー男声合唱団(35人)佐藤正浩先生の指揮で、福永陽一郎編曲「R・シュトラウス歌曲集」を。

(プログラムが公開されていないため演奏曲不明、残念です)

※6/27追記
1.「Heimliche Auffouderung(ひそやかな誘い)」 
2.「Wiegenlied(子守歌)」
3.「Cacilie(ツェツィーリエ)」 
4.「Morgen!(明日には!)」
5.「Fruhlingsfeier(春の祝祭)」


1990年第39回東西四連と同じ選曲、曲順のようでした

https://youtu.be/Pp9nsWoXaAg

 

素晴らしい!個々の歌唱の実力と合唱のバランスの見事さ。

華やか、ロマンティックな響き、若者らしい真摯さ……ワグネルが歌い奏でる様々な感情を、鮮やかに彩る前田勝則先生のピアノ。

この作品を何度もワグネルで取り上げた故・畑中良輔先生は「合唱を通じて世界の音楽に眼をひらいてほしい」と仰ったそうですが、まさに聴く自分もシュトラウスの歌曲という魅力的な世界に耳を啓かれた思いでした。

一時も気を逸らさせることなく、繰り広げられる世界に夢中になり。

最後の一音が鳴らされた後、思わず画面に拍手!いやぁ圧倒的でしたね・・・

 

 

合同合唱は信長貴富編曲「若者たち」昭和歌謡に見る4つの群像

 

 

アメリカがイランを爆撃し第三次世界大戦の始まりか、そんな緊迫した空気が漂う中で、150人の若者たちが歌う高石友也の「拝啓大統領殿」は、胸に深く染み入りました。

 

この「若者たち」の間に同じ信長先生作曲の「Fragments-特攻隊戦死者の手記による-」を挟んだ慶應ワグネル2年前のステージ。

 

2年前に聴いたときも当ブログで「すべての合唱を愛する人へ全力でお勧めします!」と書きましたが、ふたたび強くお勧めします。

 

アンコールは谷川俊太郎氏への追悼か、木下牧子先生作曲の「春に」

そして伊東恵司さん詩、信長貴富先生作曲の「響け、彼方へ」でした。

 

1952年に始まり、関東・関西の名門大学男声合唱団が一堂に会し、70年以上の歴史を重ねてきた「東西四連」。

今年の東西四連もその歴史と今を響かせ合い、各団体の音楽に込められた想いと緻密なアンサンブル、そして合同演奏の熱に触れると、男声合唱という文化の豊かさと奥行きを、あらためて実感させられます。

アーカイブ配信は6月28日(土)まで視聴可能とのこと(※購入要確認)。

この熱演をぜひ体験していただきたいと思います。

「仮」の名に宿る探究心― Nisiが歌う愛と祈りの風景

 

 

■声が語る愛の品格

― モンテヴェルディの静かな熱

 

一昨年の全日本合唱コンクール全国大会の観客賞では、室内合唱部門第1位。

昨年の全国大会では、室内合唱部門で金賞第1位の文部科学大臣賞を受賞。

そんな大注目の団体:Ensemble Nisiさんの2回目となる演奏会。

会場は兵庫県立芸術文化センター神戸女学院小ホール。

初めて訪れましたが、木の温もりが感じられるアリーナ形式417席のホールです。

 

 

21人のメンバー、一人ひとりの丁寧に磨かれた歌唱で、多彩な作品世界が理想の姿で立ち現れる。

毎ステージごとにそんな思いが強くなる、歌にあふれ、感情が満たされる演奏会でした。

 

第1ステージのモンテヴェルディ《愛する女の墓にながす恋人の涙》は、スムーズな息の流れに導かれて心地良い音楽に誘われます。

抑制が効いた歌唱によって、激情というよりは、純化した愛情の気品に満ちた美しさの音楽。

 

 

 

 

■三善・シェーンベルク・三宅が問いかける“祈りの本質”のステージ

 

驚いたのは第2ステージ。

どれも難曲の三善晃《その日 -August6-》シェーンベルク《地上の平和》三宅悠太《Ave Maria》を司会のお話を挟んだとは言え、ひとつのステージにまとめるとは!

 

《その日 -August6-》は各パートの純度、音程の精度も高いため、第一部の原爆の慟哭、つづく現代を描くブルースが極めて解像度高く。

最後に力強く願う「私はただ信じるしかない」に心奪われ、様々な思いが交錯する音は最後、男声ハミングの希望へと昇華していき、納得と共にこの作品を初めて理解できた感がありました。

 

続く《地上の平和(Friede auf Erden)》も無調の難解な現代作品という印象が強いのですが、Nisiさんの演奏はそれを覆すもの。

跳躍する音には命が宿り、プログラムにも記されたように、構造としての和音や旋律といった調性音楽としての側面を、しっかり把握した上での合唱が見事に機能していました。

甘やかにすら感じるソプラノ。「Friede!」は高らかに輝かしく歌い上げられ、声楽的にも非常に困難なはずの音が、あたかも自然でたやすいように放たれ、平和の尊さが聴く者を強く掴みます。

徹底した技術と音楽理解の深さに支えられ、難曲とは思えない作品のように最後まで歌い切り。拍手を控えるべき場面と分かっていながら、感動のあまり手が動いてしまう人が続出。

 

その空気を保つように続く三宅悠太《Ave Maria》

女声版が昨年12月、混声版の初演は今年の3月というまだ生まれたばかりの作品。

(プログラムから)「冒頭部分にはミクロポリフォニーの技法を用いており、似た旋律が同じ音域で複数絡み合うことによって、祈りが重なっていく様子」、まさに狭い音程内で旋律がずれながら重なり合うことで、内側から世界が広がっていくような、現代的な響きの効果を生んでいました。

それが混沌とならず清潔に響いたのは、やはりNisiさんの高度な音程精度と声の純度の賜物でしょう。

後半の男声による「Sancta Maria」の繰り返しが静かな祈りの余韻を深め、最後のホモフォニックでは荘厳な祈りの高まりが結実し、新たな名曲の誕生を実感させる名演だったと思います。

 

《その日 -August6-》、《地上の平和》、そして最後に《Ave Maria》を歌われることで、願い、祈ることの根源的な意味、それを支える本質的な力を強く意識することになりました。

 

 

 

■軽やかなブラームスから《心の四季》へ

――若い感性が紡ぐ古典の新たな光

 

第3ステージではブラームスの機知に富み、柔らかさ愛らしさに満ちた《四つの四重唱曲》

浦史子先生のピアノとのアンサンブルの中で各パートの歌が細やかに交わされましたが、決して散漫にならず、ひとつの歌、音楽としてしなやかに貫かれていたのが印象的でした。

 

そして最終ステージは髙田三郎《心の四季》全7曲。

1967年に発表された邦人作品の古典とも言うべき作品です。

始まりの《1.風が》あたたかい音と懐かしさもあり泣きそうに。

《5.愛そして風》などは今聴くと、当時のフォークミュージック、歌謡曲の影響が……?などと。

しかし古臭さを感じないのは、Nisiさんの良い意味でシリアスに陥らない音色の明るさがあったからかも。

激烈な《6.雪の日に》 の力強い音楽を繋げるように最後の《7.真昼の星》もことさらピアニッシモやテンポに過剰な演出を加えないもので、上西先生の美学が際立ちました。

自然のさまざまな在り方に、生きることの深遠を重ねた《心の四季》は、私自身思い入れも深く、物申したいオールド合唱ファンの気持ちも分からないでも無いのですが……。

それでもNisiさんの若い感性で歌われた【今の《心の四季》】は、過去の名演の再現ではなく、真摯に紡がれた現代の演奏として、大きな価値を持っていると感じました。

この日の《心の四季》の良演を機に、他の団体も古典名曲の魅力に気付き、次代に繋がれることを望んでしまいます。

 

 

アンコールはピアニストの浦先生も歌に加わった信長貴富《とむらいのあとは》

銃よりひとをしびれさす ひきがね ひけなくなる歌のこと」に歌そのものへの信頼と希望を。

詩に込められた思いを、今まさに世界が必要としているのだと痛感します。

 

アンコール2曲目は髙田三郎《くちなし》

前奏が流れた瞬間、つい頭をよぎる余計な雑念――

(うーん、“くちなし” 自分には男声合唱のイメージが強いんだよなぁ…。父と息子の関係性、男同士だからこそ不器用な想いを“くちなし”に託してる感じが良いのに…ブツブツ……)

――とかなんとか思っていたら!

歌が始まった途端、考えは一変。

 

「いやぁ、混声版もめちゃくちゃ良いじゃないですか!!」

 

混声合唱ならではの彩りと深みが、父の想いをじんわりと、でも確かに届けてくれました。

 

 

 

■「仮」を越え、響き続ける「Nisi」の探求心

 

Nisi団員さん一人ひとりから「歌」を感じつつも、決して野放図にならず、アンサンブルの統一感を決して失わない姿勢。

プログラム、上西先生の「ご挨拶」からも、今回の演奏会に込められた志が伝わってきました。

日常的な言葉の伝達力には個人差がありますが、「歌う」という行為の上では一様に強いアピール力が要求されます。これはある種の演劇的主張とでも言うべきもので、今回はそれをより強く求められる表現発露の強い楽曲を選びました。今回の選曲では、合唱の枠を超えイタリアのバロックオペラ、ドイツ歌曲、そして日本歌曲などの幅広い声楽的スキルが求められます。

モンテヴェルディ、ブラームスという文化遺産級の名曲、邦人作品も髙田三郎先生の古典、三善晃先生晩年の作品、そして三宅悠太先生の最新作。

そんな多彩な作品を選ばれた上で、全体を貫く上西先生の美意識——とても満足した演奏会でした。

 

団名の「Nisi」とは「仮」という意味だそう。

この日の演奏が「仮」なんて!と思いましたが、ふたたび上西先生の文を読み直すと腑に落ちました。

団名の「仮」は一時的という意味でもありますが、この永続する探求こそがNisiに込められた願い。この演奏こそが私たちそのものなのだと。

今日の最後の一音が空気に吸い込まれるまで。

……納得です。アンコール曲くちなしのひたすらに こがれ生きよという一節が、Nisiさんの在り方に重なります。

現在の地に安住せず、“仮”の場所として常に理想を追い求める、そんなNisiさん、上西先生の姿勢が聴く者を惹き付けるのかもしれません。

 

遙か遠く、理想へとひたすらに手を伸ばすNisiさんの、次の演奏がどんなものになるのか。

その先に広がる世界を思うと、心が期待に満たされます。