「とめはねっ!」と井上有一氏の書

 

 

夏季休暇。
帰省で札幌から岡山へ戻る途中に東京、
そして初めて群馬に寄ってきました。

 

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・・・なぜ群馬?

 


おそらく世界初である書道部活マンガ、
「とめはねっ! 鈴里高校書道部」で扱われていた作品を観るため。

 

とめはねっ! 鈴里高校書道部 1 (1) (ヤングサンデーコミックス)

とめはねっ! 鈴里高校書道部 1 (1) (ヤングサンデーコミックス)

 

 


本当は5月の連休中に東京と栃木へ行った際、
群馬にも寄ろうと計画していたのだけど、
この作品の展示が8月だけというので断念し、
3か月待ち念願かなって・・・という次第。


 

 

 

 

 

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群馬県立近代美術館ホームページ

 

Google Mapでは
最寄り駅から徒歩約30分…みたいな結果でしたが
ちゃんと近くにバス停があります。
(…ただ美術館HPのバス時刻表と
 本当の時刻が違い、帰りは1時間半バスを待ったり。
 そして後で磯崎新氏の設計と知り、
 「もっと堪能すべきだった!」と後悔。
 展示場所の空間の広がりや解放感に心地良さを感じてたのに…)

 



ここで、この作品に至る経過を
「とめはねっ!」13巻から取りましょう。


 
主人公:大江縁(ゆかり)は
「書の甲子園」へ出す作品について悩み、
書の先生である三浦清風先生が若い頃、
自信と情熱を奪われてしまうほどのショックを与えた
「すごい書家」について尋ねます。

 

 

 

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「そこにその人の作品が展示してあるのですか?」

「ある。
 だが、いつも展示しているわけではない。
 しかし、この時期は展示していることが多い。」

「どうして、この時期に展示してることが
 多いんでしょうか?」

「それは行けばわかる。」


そして縁は群馬県立近代美術館へ向かいます。


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 縁がそこで観た作品は・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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(※PCでご覧の方へ。
 「噫横川国民学校」
 できれば画像をクリックし、より大きい画面で観て下さい。
 それでも実物の万分の一も、その凄さは伝わりませんが…)

 

 

 

 

 

 


「噫横川国民学校」の作者・井上有一は、
1916年(大正五年)東京の下町に生まれた。
十九歳で師範学校を卒業し、
自宅にほど近い東京市本所区横川尋常小学校
(後の横川国民学校)の教師となる。

1945年(昭和二十年)頃の
横川国民学校の生徒は皆、
学童疎開によって千葉県に移住していたのだが、
3月になると、有一は担任していた
6年生たちを連れて、
疎開先から東京へ戻っていた。
卒業式をするためであった。

そして3月9日から3月10日に
日付が変わった深夜

米軍のB29爆撃機三百二十五機が
東京上空に姿を現し、
東京大空襲が始まった。

有一の自宅はそれより前の爆撃で
すでに壊されており、
彼は横川国民学校に宿直をしていて、
この日の空襲に遭遇した。

そこは近隣住民の避難場所でもあったのだが、
学校を包囲するように広がった炎の勢いは、
鉄筋コンクリートの校舎であろうが容赦なく、
中にいた人々をも焼き殺していった。

地獄絵図のような一夜が明けて、
気絶した状態で発見された有一は、
数時間におよぶ蘇生処置によって
奇跡的に生き残ることができたが、
この横川国民学校だけでも千人以上が死に、
なによりも卒業のために彼が疎開先から
連れてきた生徒も八人がここで亡くなった。
彼はそれを生涯にわたって悔いた。

(※「破壊された都市の肖像 -ゲルニカ、ロッテルダム、東京…」

 海上雅臣著「井上有一」より転載、引用)

 

 

この「とめはねっ!」で興味を惹かれたのは本当です。
しかし書については全くの不案内なので、
過剰な期待はせずに作品と対面したのですが・・・圧倒されました。

抑えた照明の一室の奥に
「噫横川国民学校」があり、
その左右に「東京大空襲」という
すべて同じ内容である七言絶句の作品が
30点展示されているんですね。
(井上氏が40日間で500枚ほどを書いたうちの30点)


そして「噫横川国民学校」。
実物は…写真からの予想を遥かに越えるものでした。
激情のほとばしり。
ところどころの文字にならない太い線がまた目に迫り。
冷房は他の部屋と同じ温度のはずなのに、
寒気が全身を覆っていました。

井上氏は東京大空襲から33年経って、
これらの作品を書いたことに
「当時は感情が先走り作品にならなかった」旨を残しているそうです。

 

「とめはねっ!」でもこの作品で得たものを
「卒意の書」
「大事なのは体験そのものではなく、気持ち……!」
などと表わしていること、
表現に対する考えが興味深いです。

 


井上有一氏の展示は8月の30日まで。
興味を持たれた方は是非。
ルノワールの絵画やゴヤの版画も良かったですよ。



それにしても「とめはねっ!」、
これを機会に全巻読み直してみて
書という多くの人には馴染みの無い世界に
これほどわかりやすく、そして深く、
読み手を誘ってくれる作者:河合克敏氏の手腕は凄いものです。


1巻では

 

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「なんでわざわざ読めなくするのかなー、書道って」
などとヒロインに言わせてからの世界の広がり!


井上氏の「噫横川国民学校」のショックを乗り越え、
最終14巻の主人公:縁の作品は
若い書家とのコラボレーションですが
物語のクライマックスというだけではなく、
作品の力として胸に迫りました。


井上有一氏の作品と共に、
多くの人に触れて欲しい作品です。

 

 

とめはねっ!鈴里高校書道部 13 (ヤングサンデーコミックス)

とめはねっ!鈴里高校書道部 13 (ヤングサンデーコミックス)

 
とめはねっ!鈴里高校書道部 14 (ヤングサンデーコミックス)

とめはねっ!鈴里高校書道部 14 (ヤングサンデーコミックス)