全国大会:一般の部感想<その10>


「ある」の演奏が終わってもしばし、客席はざわついています。
そりゃそうでしょう、あんなパフォーマンス、
岡山どころかコンクール史上初めてというほどのものですもん。


次はさぞかしやり辛いだろうなあ・・・と思っている所へ
この団体が入場です。


九州支部代表 佐賀県
MODOKI(混声42名)


男女黒ずくめ、派手な演出を予感させるものはなく、
「ある」の65名の団員数に比べ、42名と
Bグループではやや少な目の部類。


まだ「ある」の余韻が残っているような雰囲気の中、
課題曲G2:シューベルトの「Salve Regina」。
山本さんの指揮が始まります。





「!」



「Salve Regina」の最初、「Sa」の一音が強めに鳴り響いた時、
ステージから白く眩い光が放たれたように感じ・・・
気づくと自分は涙を流していました。


後の休憩時間にまぐろ。氏と
「あの最初の音、涙出なかった?」と尋ねたら
「出ました!」
…と力強く答えられたので、
少なくともあの一音に感動したのは私だけじゃない。


「涙」、というものは感動を示すものとして
非常に分かりやすいものですが改めて 
「なぜあの一音だけで涙が出るのか?」と
自分に尋ねてもその答えはなかなか出てこない。


あの演奏に何も感じなかった人もいるでしょう。
じゃあその人たちと私との違いは?
感動は驚きとほぼ同義語だから
「p(ピアノ)」と指定されている楽譜に
メゾフォルテかフォルテぐらいの強さの音へのギャップ?
「ある」の演出と一体化された音楽の印象に負けない
正統派の音楽の強さを示されたことへの感動?


疑問は次々と生まれ、
推測もその後を追いますがいずれもあのときの涙には届かない。
だからこそ、音楽は不思議で、面白いのかもしれない。


その後の「Salve Regina」は
少し硬く、旋律の流れにもやや疑問は残りましたが
誠実に、心から、「祈る」という行為の緊張に満ちた
実に良い演奏でした。


そして自由曲:ペンデレツキ「Agnus Dei」。
小さく始まる切ない旋律が重さを加え、
強さと緊張感をどんどん増して行きます。
MODOKIが誇る厚みあるベースがその表現を支え、
2度の音の緊張感、祈り、訴え、叫ぶ力の凄まじさ!


この演奏ではフォルテッシモが総毛立たせるような
迫力のあるものでしたが、
その後のピアニッシモでも音楽の説得力、
テンションの持続力が全く下がらないこと。


テノールの音色への違和感などは少し感じましたが
聴きながらMODOKIの過去の演奏の
いくつもの箇所を思い出していました。
あの時は狙いが曖昧だった表現がここでは明確になっている。
あの時は足りなかった表現がここでは充分に足りている。
演奏というものは、一瞬だけのものではあるけれど、
その一瞬を成り立たせるものには
演奏する側、聴く側とも
共有している長い時間があるものなのだなあ・・・と。


このペンデレツキの「Agnus Dei」が
疑う余地の無い名曲だということもありますが
過去のMODOKIの表現をすべて受け止め昇華したような、
絶望、そして自分と世界の崩壊の空気に満ちた名演だったと思います。


演奏が終わった後、身じろぎひとつしない
周りの観客の姿が印象的でした。





大分県(九州支部)
大分市民ウイステリア・コール(混声38名)


課題曲はG1。
飯倉貞子先生の作るこの曲の演奏は
とても流れが自然で明るく気持ちの良いものです。
そう素直に観客に思わせる、というのは実は凄いこと。
だって、作為に見えないような優れた作為があるってことですから。


フレーズもいつの間にか始まっている、というものではなく
自発的に湧き起こるようなフレーズの始まりでこれにも好感。



自由曲は千原英喜先生の
「きりしたん天地始之事」から「1.天地始之事」。
パートソリから全体の合唱へ移る箇所から説得力を感じさせ
後半はリズミカルに生き生きと。
「ヨッホッホイ」の掛け声にも力がこもり
歌い手それぞれの主体性を感じられた演奏でした。



(続きます)