アルプスでこぼこ合唱団

 

長坂道子「アルプスでこぼこ合唱団」読了。

 

 

ピアノの経験はあるものの、合唱はほぼ初めての61年生まれの著者が、スイスで20人ほどのアマチュア混声合唱団へ入団する体験記。
他民族・多文化のスイス、国民性からか合唱人ゆえの性格からか、どうにもメンバーと馴染めない奮闘記でもある。(結局この本では、よそ者ではない生粋スイス人とは最後まで心が通じ合うエピソードは無いよう)
合唱団のメンバーは長坂さんへ積極的に話しかけることをせず放っておくし、長坂さんがコミュニケーションを取ろうと思っても、ふいっとかわされる。
そういう異文化コミュニケーションの難しさの一方、合唱初心者である長坂さんが出会う、合唱ならではの楽しさが興味を惹く。
指揮者はアラサーのドイツ人女性なのだが、音楽的にもコミュニケーション能力も高い方。
取り上げる曲もメンデルスゾーン、バッハ、シュッツ、ペルト……となじみ深い作曲家名が連なる。

 

↓ 以下、ネタバレ。

 

本書半分から後は、コロナ禍が合唱活動にどう影響を及ぼしたのか。
Zoomでの遠隔練習や悲しい別れなど、世界、そして合唱活動を襲ったこの疫病の影響についての記述が主。
コロナ禍での合唱活動を、時系列でまとめて読めるのも貴重です。

 

合唱あるあるとしてはリズムに合わせてドイツ語などを歌う(シラブルの概念!)難しさ。
お、日本と違うぞ?と思うのはアマチュアコンサートのチケットがそれぞれ5000円弱と3500円くらいと高いこと。
「スイスでは市民の文化活動のサポートだから当然」という意識だそうなんだけど、プロフェッショナル演奏家のチケットと変わらない価格に、疑問を感じないのが面白い。

 

それにしてもこの「ハンナ」と呼ばれるドイツでピアノとオルガンを学んだ若き女性指揮者。
「死の踊りと、喜びの歌」というタイトルで前半がディストラー、後半がバッハの「イエス、我が喜び」という興味深いプログラムを組んだりする、かなり優秀な音楽家のようだ。
クライマックスはハンナが、ドイツのH高等音楽院・オルガン教授になることが決まり、そのお別れコンサートに繋がるのだが、そこで一番の「そんなのアリ?!」と驚いたのは、ハンナの後任指揮者を決める過程。
ハンナが声をかけた指揮者2人に、それぞれ1時間のリハーサルをしてもらい、団員の投票で決定するというもの!
日本ならおそらく、前任者が連れてきた指揮者ひとりをリハーサルもさせず団員が無条件承認するか、幹部団員が選んだ指揮者ひとりに就いてもらうのがほとんどなのでは。
そう言えばこの団体、練習見学の後、合わないので入団しないと思った人は理由を伝え、その入団しない理由は団員全員が周知するという慣例になっている。
在籍していた団員も辞めるときにしっかり理由を言って退団(休団)するし、この辺の「感情の摩擦を出来るだけ起こさないようにする」日本との違いを面白く思った。

 

本書での長坂さん、仲良くなれそうと思った女性には素っ気なくされ、他の異文化を描いたノンフィクションのように、誰かと深く心を交わし合うような劇的な体験はほぼ無いと言える。
それでもピアノの技量を活かし(……ソルフェージュ能力って本当に大事だ)、合唱団員による器楽合奏に誘われたり、団員の生徒である子どもたちのリコーダー伴奏などをしていくうちに、徐々に居場所を見つけていく。

 

先日、合唱をしている大学生と若いOBが集うスペース(ツイッター上の、声限定の座談会)を聴かせてもらったのだけど、上手く熱心な高校の部活を卒業した人たちを、あまり上手いとは言えない大学合唱に繋げるにはどうすれば良いか?が話題になった。
そこで記憶に残った答えが
「上手いだけではない、合唱の魅力は何か、それを伝えていくこと」というものだった。

 

この「アルプスでこぼこ合唱団」は長坂さんが体験した、それほど劇的では無く、深い心の交流があるわけでもない異国での合唱活動。
だがそれでも、合唱団で歌うことが生活の一部として「無くてはならない不可欠なもの」、そして合唱団が「どこにも無いと思っていた居場所」になっていく過程が、丹念に、実感を込めて語られている。
スイスと日本、遠く離れた国、言葉も文化もかなり違う合唱団で、その実感こそが世界共通の「合唱の魅力」なのでは?