作品そのものが立ちあがる 鶴岡土曜会混声合唱団さん





2017年東京芸術劇場で行われた、第70回全日本合唱コンクール全国大会。

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東京芸術劇場





課題曲G3に三善晃先生の「子どもは……」が選ばれていたんですが、混声合唱部門、54名で出場される鶴岡土曜会混声合唱団さん(以下土曜会)の選曲に、少し驚きました。



土曜会さんの課題曲はG1 Adorna thalamum tuum, Sion

自由曲は谷川俊太郎詩・三善晃作曲
「五つの願い」より
「1.春だから」
「2.子どもは……」
「3.願い 一少女のプラカード」

ええっ?! 課題曲の「子どもは……」を自由曲に?


当時、代表の阿部さんに選曲の理由を答えていただいたところ。

 


課題曲をどれにするかという議論の前に
「自由曲では、この "子どもは……" を
 歌うことにしよう」と決まりました。
これを課題曲にしてしまうと、
自由曲の選曲がちょっと難しくなるかなというところ、
「あ、自由曲にしてしまえば
 『五つの願い』からあと何曲か歌えるし、
 課題曲で別のテイストを見せることができそうだ」と、
ストンと落ちた感じでした。

それぞれの曲の特徴を
どのように表現できるか悩んでいるうちに、
「子どもは……」のいわば「課題曲感」というものは、
少なくとも自分たちの中では薄れていきましたので、
聴いて下さる皆さんにも
そのあたりが違和感なく伝わると良いなあと思っています。

 


その年の観客賞の座談会で土曜会さんへの感想は。

 

 

そして自由曲ですよ。
三善晃先生の課題曲「子どもは……」
自由曲2曲目に持って行く!


この選曲は効いてましたね。


いや、聴く前までは正直
「どうなの?」だったけど…。


組曲で聴く理由が納得できたよね。


一同 うんうん。


組曲「五つの願い」の
1曲目「春だから」の明るさとリズムがあるから
2曲目「子どもは……」のテンポと曲想が生き、
そして「子どもは……」があるから
3曲目の「願い 一少女のプラカード」
すべての想いが結実する・・・。


もう「すいませんでした!」と思ったもん(笑)。
「子どもは……」を最初に課題曲として聴くのと
こんなに印象が違うのか!と。


そう、歌い上げる温かさが
より一層感じられました。


「願い 一少女のプラカード」の最初に
うるうる来た!


私もそうなんです。
生きていてほしいんです…
凄く丁寧に歌われて。


大人が集まって歌われることに意味のある演奏でしたね。
そういうところに泣けてしまう。

 

 

 

 

このように大変好評だった土曜会さんの演奏。
「珠玉のハーモニー」CD収録という機会に、土曜会指揮者:柿崎泰裕先生にご寄稿していただきました。




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鶴岡土曜会の「五つの願い」演奏雑感



今から30年ほど前のことですが、私は当時宮城県の中新田バッハホールを会場に行われていた合唱講習会「創る会」に参加していました。
その講習会は東京混声合唱団の田中信昭先生を講師に、会員の会費で先生が作曲家に委嘱して下さった曲を初演したり、先生が紹介して下さる新しい曲を歌うものでした。
その第1回演奏会で取り上げられたのが三善晃先生の「五つの願い」でしたが、憧れの三善先生の曲であったにもかかわらず、なぜか私はその組曲にあまり好ましい印象を受けなかった覚えがあります。


それから約四半世紀------ 2016年のコンクール全国大会を終えて直ぐに、私は「五つの願い」の楽譜を取り出し、“春だから”“子どもは……”“願い 一少女のプラカード”の3曲を2017年の自由曲候補として練習を始めていました。
そのような中、12月に翌年の課題曲が発表されると目を疑いました。
何とそこに“子どもは”が挙げられていたからです。
“子どもは”“願い”をセットで考えていた私は、少し迷いましたが、課題曲を自由曲にするという結論に達し、挑戦的なこのアイディアにワクワクしてきました。
あらためて楽譜を研究する日々となり、見る度に感動が深まっていったものの、“子どもは”には苦戦し、“願い”はさらに悪戦苦闘しました。
特に変拍子を自然な言葉遣いにすること、ゆっくりしたテンポの中に緊張感を持続させることに苦労しました。


70回記念大会の年に全国大会へ進めたことは幸運でしたし、東北で評価されたことで、課題曲を自由曲にしたことに少し自信すらでてきました。
そして、アマチュアが舞台に立つことなど夢のまた夢である東京芸術劇場で歌うことができることに、私もメンバーも快い興奮を覚えていました。
コンクール本番のステージで課題曲を歌い始めた瞬間、響きの心地よさに気持ちが軽くなりました。
東北の片田舎のシャイな合唱団は、時として大きなホールに呑まれてしまいますが、この芸術劇場の響きは、私達を助けてくれるような感じがしました。
あとはただひたすら、三善先生の素晴らしい曲を丁寧に演奏することだけを心がけ、集中していました。
全てがうまくいったわけではありませんが、30年前に出会った「五つの願い」を演奏できたことに充実感がありました。


私は所用により、審査結果発表時は鶴岡へ向かう飛行機の中にいました。
庄内空港に着き、機内でスマホの電源を入れたらメールの嵐。
「金賞!」一緒にいた数名のメンバーに両手でを作り、伝えた時の彼らの驚愕の顔は、忘れられない良い思い出です。



鶴岡土曜会混声合唱団 指揮者 柿﨑泰裕

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柿﨑先生、「創る会」の思い出、本番と金賞受賞の興奮、そして「五つの願い」への想いを本当にありがとうございました。
なお、「あまり好ましい印象を受けなかった」ご印象から約四半世紀経ち、なぜ自由曲に選ばれるまで気に入られたのでしょうか?との問いには


「30年前は自分はまだ若く、”歌うのが難しい曲” という印象が強かった」
「その歌を、自分が理解していなかったから歌えなかった」とのことでした。
その後「いろんな三善作品を演奏してきて、もう一度楽譜をみてみたら、なぜかあらためて興味を持って…」というご心境だったそうです。
時間の経過によって変化される、柿崎先生の音楽へのご視点も興味深く感じました。


土曜会さんの演奏は、合唱団の個性よりは、「演奏する曲の個性」を大事にされるもの。
強い印象は残さないかもしれませんが、演奏から誠実さ、真摯さが染みてくるような団体です。

 

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※2017年当時お送りいただいた鶴岡土曜会混声合唱団さんの御写真



そしてこの演奏から2年後、2019年の京都全国大会、福島大学混声合唱団さんが自由曲に「五つの願い」から選曲されました。
なんとその選曲理由は

 


2年前の東北大会で鶴岡土曜会さんの「五つの願い」に感銘を受けた団員による提案により選曲されました。

 


……とのこと!



福島大さんの選曲、土曜会さんと「願い 一少女のプラカード」が重なる、大人から若者たちへのバトンという捉え方もできそうです。



土曜会さんの座談会での感想は他に、過去にこういうものが並びました。
いずれも、今回収録された「五つの願い」の演奏に通じるものがあります。

 


仲間と紡いだのが伝わる、
温かい音がしましたね。
染み込むようでした……。


「…俺は実直に畑を耕すんだ」。
そういうあったかい音がすると、
本当にほっとするんですよ。


奇をてらって何かやるんじゃなく
ナチュラルに演奏してるんだけど伝わってくる。
ある意味、演奏の理想型ですね。


良い意味で
「合唱団の存在感が薄い」んですよ。
キャラクター性がそんなに無い。
「あ〜、この演奏、(団体名)だなぁ」
とかじゃなくて、演奏する曲、
音楽そのものが立ち上がってくる。


市民合唱団的に歴史を重ねてきたんだろうなあ。
そんな雰囲気を感じさせる
「居てくれてありがとう」という
貴重な団体ですね。

 



最後に。
寄せられた観客のメッセージにはこういうものもありました。

 


土曜会は、無垢の美しさとでもいうか…作品そのものの音とことばをひたすら忠実に奏でることで、その訴求力を最大限に引き出しているように思います。
聴いているこちらも裸の心で受け止めたくなる、そんな演奏でした。

 



作品そのものの音とことば・・・。
柿崎先生が書かれたこと。
「ただひたすら、三善先生の素晴らしい曲を丁寧に演奏することだけを心がけ、集中していました。」


自分たちを前面に出さず、きめ細やかに誠実に作品の姿を彫琢する。
土曜会さんの姿勢が音楽そのものを立ち上げ。
感銘を受けて福島大さんが選曲されたように、未来へ繋がる演奏になったと思うのです。




鶴岡土曜会混声合唱団さんの演奏は「珠玉のハーモニーVol.10」に収録されています。

 

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9月28日発売されました!


一足早く郵便局にCDを取りに行った私はそのまま酒場へ。
CDを並べ、スパークリングワインで乾杯!!

 

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(次回「●合唱界のアイドル 枝幸ジュニア合唱団さん」 10月5日更新予定です)