愛蔵と泡盛酒場「山原船(やんばるせん)」物語 

 
下川裕治:著


http://www.amazon.co.jp/dp/4575300993

かつて、東京・中野に伝説の沖縄飲み屋があった。
泡盛をふるまい三線を弾いたウチナーンチュの店主・新里愛蔵
―沖縄ブームをつくった男はいま、タイのチェンマイでガジュマルを育てている。


下川裕治氏と言えば、
アジアに深く関わった本を出しているノンフィクションライターで
私も学生時代から好きな作家のひとり。
今回、下川裕治氏の著作として
この本が珍しいのは特定の、一人の人物を取り上げているということ。


取り上げられる新里愛蔵氏の半生は波乱万丈である。
沖縄の屋我地島で生まれ、貧困の中で育ち、
何度も命にかかわる病気を経て、東京へ移り、
タクシーの運転手などをした後に中野で泡盛酒場を開き、
その傍ら、三線で沖縄ブームの基を作り、
もはや老人と呼ばれてもおかしくはない年齢になり
すべてを捨てて、タイのチェンマイへ移住する・・・。


それほど三線が上手いわけでも、
経営する酒場でプロ的なふるまいをするわけでもないのに
(だからこそ?)人を惹き付ける愛蔵氏の姿。
表紙の顔にもそれが良く表れています。


日本(東京)での生きづらさを重ね、
愛蔵氏の自由な姿に救われる人も多かったのだろうなあ。
そんな愛蔵氏が、下川氏の温かいまなざしで語られる。

愛蔵氏が移り住むタイ:チェンマイのロングステイは
タイ政府に80万バーツ(約240万円)を保証金として支払うことで可能となるもの。
私もヨーロッパよりはアジアが好きだし自分の老後を愛蔵氏に重ね合わせたりもしたが
病気になったときの治療費の問題など
(保険が効かないので日本より割高になる)
生活費が日本より安いから、という理由で安易に移住するのは難しそうである。
(私の場合、食べ物は大丈夫としても
 新刊の本が無いと気が狂いそう。
 インターネットの発達がそういった問題を将来的には解決するのかなあ)



自由人、世捨て人へ憧れる気持ちは私の中にあるけれど
現実はやはり厳しいようだ。


カンボジアのビエンチャンでカフェを経営する
札幌出身の自由人:黒田信一氏の
「カフェ・ビエンチャン、ただいま営業中!」
http://www.webdoku.jp/column/kurodaeigyou/
なんて、読む分には大変面白いんですけどね。




愛蔵と泡盛酒場「山原船(やんばるせん)」物語という本は
戦前から戦後の、日本と沖縄の変化する関係。
沖縄音楽が日本へ根を下ろし広まるまで。
海外へ移住する日本の老人たちの姿。


そんな様々な側面を持つこの本だけども
根本は人と人とが繋がる不思議さ、
人が生きることの切なさ、どうしようもなさ。
…だからこそ人を求める心があるという、
そんな下川氏の考えが伝わってきたような。


今までの下川氏の著作とはかなり違った作風ですが
力が入った、多くの人に読んでほしい良作だと思いました。