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中国大会 同声合唱の部感想

 







中国大会 今回は同声合唱の部の感想


全団体の感想を記さないことをお詫びします。
そして、全国大会出場団体には
期待を込めて厳しめの感想になることも
お詫びいたします。

 

 

 

 

 


<銅賞受賞団体>



こうる・ソアーヴェ(山口・女声29名)


お姉さま方(…と言っても私と同世代)が中心の団体。
課題曲F2はなにか集中していないと言うか
散漫な印象。

ところが自由曲:木下牧子「春は来ぬ」になると
ビシッと焦点が合い、軽やかなリズムに乗り、
早春の爽やかな空気が漂うような演奏。
2曲目の同じ木下作品「古い絵」は
発声の及ばない箇所はありながら、
その人生経験を活かすような表現と音楽に納得。
久しぶりに聴いたこの「古い絵」ですが、
岸田衿子さんの詩も、曲も「…良い作品だなあ」と
しみじみ感じ入ってしまいました。







女声合唱団KIBI(岡山・女声23名)


あれっ、この団体銅賞だったんですか。
個人的には3位ぐらいかな、と予想していたんですが。

ソアーヴェよりやや年代が高め?のお姉さま合唱団。
課題曲F2の第一声で驚きました。
確かに若い人の声ではない。
しかし、それを凄く磨き上げ、とても良くまとめている。
3パートに分けた立ち位置も効果的で
この音楽的創造力が必要な課題曲を
最初から最後まで緊張感を保つ
全体の設計もなかなかのもの。

自由曲1曲目コダーイ「Ave Maria」は
易い抒情に落ちず、甘いところが無い清潔さがあり。
しかし自由曲2曲目瑞慶覧尚子「マザー・テレサに」は
音楽の頂点に声が追い付かず、
後半から失速してしまったのが残念。


私も含め、合唱が好きな人は
歌の中の「言葉」も好きな人が多いと思うのですが、
その言葉によって細かく変化する感情だけに引きずられ
長いフレーズやしっかりした構成の音楽が作れなかったり…。
その点、この団を指揮される福島章恭先生の音楽には
そういうところが全くありませんでした。

お名前で検索すると、
大阪フィルのコーラスマスターなども務める
プロフェッショナルの合唱指揮者で
音楽評論家もされている方なんですね。
ブログではやはり「マザー・テレサに」で
崩壊した旨が書かれていました。
http://blog.goo.ne.jp/akicicci/e/f50dfb919b2abe8d4ad389d071bb4703

他の記事を読むとコンクールへ挑戦してまだ2年目だとか。
合唱指揮者の仕事を始められ四半世紀以上経って
合唱団の活動の幅を広げるためのコンクール初参加だそう。
http://blog.goo.ne.jp/akicicci/e/dd7b9583bae6bccdf802820c551ecb59

長年、プロの合唱指揮者を務められた方が
こうしてコンクールへ参加されるのは
嬉しく、そして、興味深いものです。
来年以降の「女声合唱団KIBI」の活躍が楽しみです!



 

 

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岡山シンフォニーホール



 




<銀賞受賞団体>



女声合唱とおんきごう(山口・女声19名)


課題曲F1は1列に並んだのが功を奏し、
パートのそこかしこから楽しい音楽が聞こえてきました。
自由曲:信長貴富「君死にたまふことなかれ」は
速いテンポの中で言葉の立たせ方、
表情変化の工夫があると良いかと。
熱演でしたね。






萩男声合唱団「A」(山口・男声15名)


若い人から50代?くらいまでの男声が一列に並んで。
課題曲M4「鷗」が爽やか!
松下耕先生「そのひとがうたうとき」も
発語のニュアンスが良く。

指揮は室内部門でFiore Hagiも指揮された有冨美子先生。
歌を活かす音楽で好感が持てます。
コンクール的には、良いテナーだけどベース系とのバランスが…
フレーズ末への意識を…などと思うところはあるのですが
選曲も相まって、聴いていて非常に気持ち良い演奏でした。
この大会の清涼剤!







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<金賞受賞団体>





コール・ビビッド(広島・女声18名)


室内合唱団“零”と同じく縄裕次郎さんの指揮。
若い女声が中心の団体。
課題曲F2は静謐な雰囲気、細部まで神経が通い、
弱音が美しい。
前半はやや平坦に流れる印象だったのですが、
後半は豊かなイメージが聴こえました。

自由曲:寺嶋陸也先生「君死にたまふことなかれ」。
多分に作品のためもあるけど
中ほどから間延びしてしまったかなあ。
しかし、良い出だしで各所に工夫が凝らされた演奏でした。
私が予想していた通り2位でしたね。







最後に全国大会出場団体。
出場は最後でした。






女声合唱団フィオーリ(島根県・女声27名)


課題曲F3。
人数以上の豊かな声がシンフォニーホールに響きます。
音色、表情変化も巧く、語り口も優れていて。
この課題曲の時点で「1位だな!」と。

自由曲は三善晃先生の「オデコのこいつ」から
「けんか」「なぜ」。



ここで話は変わりますが
5月に東京カンタートというイベントで
むさし野ジュニア合唱団"風"による
「オデコのこいつ」全曲を聴いたんですね。
http://www.ongakuju.com/t-cantat/concert2016-2.html

録音では児童合唱の演奏も、
コンクールで女子高生が演奏する
「ゆめ」は何度も聴いていたのに
生演奏で児童合唱団が演奏する
「こどものための合唱組曲『オデコのこいつ』」全曲を
聴くのは初めてで。

むさし野ジュニア合唱団"風"の演奏が良かったのもあるんですが、
子どもの声の破壊力にヤラれてしまいました。
プログラムに書かれた三善先生の
疎開時の空腹が引き起こす悲惨な思い出と相まって
「ぺこぺこ」という擬音はもう一生聞きたくない!と思うほど。



子どもという存在は大人に比べ、
自分を見つめる客観視が少ないと思うんです。
大人が時を経ることにつれ、さまざまな立場を経験し、
自分自身をさまざまな視点で観ることができ、
時には自分を偽ることもできるのに
子どもにはそれが難しい。
つまり、他の人間を演じることが難しく、
「たったひとりだけの自分」という存在が子どもとも言える。

だからこそアフリカで飢餓に苦しむ子どもが
頭の中に入り込む「なぜ?」という困惑と叫びが
聴く者に率直に伝わってくる。
「ひとりしかいない自分」そのままの叫びで。


では、自身を客観視でき、
世界を多角的に見つめ、
さまざまな立場を経験した大人が
「こどものための合唱組曲」を歌う意味はどこにあるのでしょう?

私は本来なら子どもの表現を
聴く者に伝わっているか厳しく見つめ、
伝わるように表現することにこそ、意味があると考えます。
そういう見地からフィオーリさんの演奏を聴くと
残念ながら中途半端に聞こえてしまったのです。

「うるさい! だまれ!」などを歌ではなく
三善先生が叫び、言葉にした意味は?
さらにその叫びから歌に移るとき、
落ち着いて平然としたもので良いのか?
フォルテから突然のピアノ、
あるいはその逆の音楽上の意味とは?
「けんか」での「死んじまえッ!!」が
「なぜ」の結果に繋がったのが納得できるよう
もっともっと突き刺さるようなものにならないのか?

もちろん難曲だということは承知しているのですが、
三善先生が音楽に込めた想いが残念ながら伝わらず
歌として破綻しないよう
まだ体裁を保っている段階と思ってしまったのです。


・・・厳しい感想で申し訳ありません。

しかし、前述のとおり、今いちど
「こどものための合唱組曲」を
大人が歌う意味を考えていただきたいのです。


最初に書いたとおり、
課題曲を聴いて「1位だ!」と思ったのは本当ですし、
自由曲を最後まで聴いてもその考えは変わりませんでした。
毎年、素晴らしい演奏をされるフィオーリさん。

全国大会では、きっと中国大会を
遥かに超える演奏をして下さると、信じて。



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(混声合唱の部の感想へ続きます)