昨年読んで良かった小説


昨年に読んだ本の中で良かったものを記していこうかと。
今回は小説。
・・・でも、小説をほとんど読めない年でした。
海外作品もエンターテイメントを何冊か読んだけど
ピンと来るものには出会えず。

そんなわけで印象に残った邦人作家の3作品です。




伊集院静「いねむり先生」

いねむり先生

いねむり先生


ナルコレプシー(嗜眠症)という病のため、
どこでも眠ってしまう「いねむり先生」こと色川武大(阿佐田哲也)。
妻を癌で失い、重度のアルコール中毒の後遺症のため
幻聴や幻覚に苦しんでいた著者が、
いねむり先生との出会いで甦っていく過程を描いた自伝的小説。


読んでいくうちに自分も救われていくような、
気持ちが静かに、そして浮かんでいくような心になる稀有な小説。
「チャーミング」と多くの人から好感を持たれる
いねむり先生の描き方も伝わるものがあるし、
著者の傷ついた心が彷徨いながら
救われていく過程にも胸に迫るものがあった。


人と人が通じ合うということとは。
自分でもどうにもならないものを抱えながらも、
それでも周囲を照らして生きるには。
そんな問いを読後に反芻してしまう作品。
色川武大氏は「うらおもて人生録」しか読んでいなかったが、
これを機に「狂人日記」や他を読んでみよう。





小野不由美「丕緒の鳥」

丕緒の鳥 十二国記 (新潮文庫)

丕緒の鳥 十二国記 (新潮文庫)

12年ぶりのオリジナル短篇集に驚き、喜び、すぐに読んだ。
4編の作品が収められているのだが。
中の2作品「落照の獄」「青条の蘭」が
それぞれ「死刑制度」「樗の保水」という
現代世界にも通じるテーマを扱っていて、
そのテーマを扱うために
作者はファンタジーという舞台を使った、
つまりファンタジー世界というのは
あくまでも道具立てにすぎないんじゃないか?
そんな印象がどうしても出てきてしまい、引っかかってしまった。
もちろん作品自体はどれも素晴らしい。

そんな引っかかった作品があるのにどうして推すのか。
それは表題作の「丕緒の鳥」がとにかく素晴らしいんですね。
射儀という祭祀のため鳥に見立てた陶製の的を投げ上げ、射る儀式。
その陶製の的を作る丕緒という職人と歴代の王との交わりを描いた作品。
仕事における理想と挫折、そして再起した丕緒の作った鳥は。
読み終えた後、幻想的に美しく砕け散る鳥が目に。
そのときの音が耳にいつまでも残るような、そんな作品です。

シリーズ物だけども、前の作品を知らなくても
充分この作品の魅力は伝わるのでは。
そして興味を持たれたらこの「十二国記」の豊穣な世界を
他の長編で堪能して欲しいものです。





宮部みゆき「ソロモンの偽証」

ソロモンの偽証 第I部 事件

ソロモンの偽証 第I部 事件

ソロモンの偽証 第II部 決意

ソロモンの偽証 第II部 決意

ソロモンの偽証 第III部 法廷

ソロモンの偽証 第III部 法廷


1990年クリスマスの朝、雪の校庭で発見された十四歳少年の死。
自殺か他殺か。
真相を究明しようとする城東第三中学校、警察、テレビ。
それぞれの思惑がねじれ、事態は予想もしない方向へ進んでいく。
目撃者を名乗る匿名の告発状で炙り出される粗暴な少年たち。
犯人は誰なのか?
そして真実を追求するため生徒たちの手による法廷が始まる。


各巻700ページほどの3巻構成だが
食事をするのも忘れるぐらい夢中になり読み進めた。
「宮部みゆきの最高傑作」という評も、
書き上げるまで10年かかったという作者の言葉も頷ける。
ここしばらく読んだ本の中では最高の読書体験。
まず登場人物がみな魅力的だ。
判事、検事、弁護人役の中学生は優等生だけども、
決して一面的に性格や行動は書かれていない。
それはいわゆる不良や劣等生もそうだし、周りの大人たちもそう。
各人物の陽と陰、好意も悪意も、
人間としての弱さと強さが丁寧に生き生きと書かれる。
物的証拠がほとんど無い裁判で証人の言葉の真実と嘘。
それを突き詰ようとする検事と弁護人。
スリリングに事件が2転3転する中、読む側も真実の中の嘘、
さらに嘘から出る真実というものへ思いを巡らせることになる。
まったく、実に、巧い。


そしてここまで人間の姿というものを多方面から見つめ顕にすれば、
厭世的な醒めた結末になってもおかしくはないのだが、
そこは宮部みゆきという作家の真骨頂。
ラストの数十ページ、この生きにくい年代の少年少女たちに
「生き続ける意味と希望」を見せるのだ。
読書中、同じく生き辛かった少年時代の自分が立ち上がった。
登場人物も多くこれだけ複雑な物語を、
これほど平明に易しく読ませる作者の技量にも驚嘆。
人間は変わることができるし、
今あなたがいる辛い世界だけが世界の全てじゃない。
そんなメッセージが心を掴むこの作品、多くの人に強く、強く勧めたい。




(次回は昨年読んで良かったエッセイかノンフィクション)