後編は入賞者それぞれのリハーサルについて。
第1位の麻山皓太さんは18世紀以前の作品リハーサルも良く、
(「Gott b'hute dich」を演奏)
指示が流れの中にあり、
さらに指示の強調すべき箇所が
ちゃんと棒に表れていました。
お手本の歌唱も「して欲しいこと」を
明確に伝えるもので、
最初に書いた
「自分の音楽を合唱団員に理解してもらい、
歌として反映させてもらうための技術」が優れています。
音楽もポイントを押さえ、
これが5回目の出場ということもあり非常に手慣れた印象。
ユーモアも交え、出場者の中で唯一、
ベルが鳴る前にキチンとリハーサルを終わらせました!(笑)
本選のリハーサルはプーランク。
(A peine défigurée [7 Chansons-2])
1回通した後にテキストの説明。
「この曲全体を通して悲しくなりすぎないように」…などと
曲のイメージを伝え、合唱団の心を掴みます。
歌わせ、止め、流れの中で指示、すぐ再開。
18世紀以前の作品審査の時と同じように
リハーサルそのものが心地良いテンポとリズムで運ばれていきます。
「プーランクの想いはここで昇華されています…」と
伝えたあとのバスの音色にすかさず「すばらしい!」と褒める(笑)。
そこかしこに効果的にユーモアをまぶしていたリハーサル。
合唱団を手中にしていた印象。
音楽も抜けが無く的確で、指揮も過不足無いものと感じました。
第2位の谷郁さんはまず見た目が細っ! そして若っ!(笑)
客席後方から見ると高校生ぐらい…とは言い過ぎ?
黒のパンツルック。
CANTUS ANIMAE超遠隔地団員ということで
5年前にこのブログへご寄稿していただいたことが。
http://bungo618.hatenablog.com/entry/20111116/1321422959
(改めて感謝いたします)
曲は麻山さんと同じ「Gott b'hute dich」を演奏。
18世紀以前の作品審査では
最初に1回通して演奏させる出場者が多かったのですが、
谷さんはまずテキストをリズム唱させます。
それも発音、リズム、アクセントと細部にこだわって。
指揮は女性らしくしなやか、軽やかに。
指示も流れの中で出される落ち着いた、とてもわかりやすいもの。
歌わせ始めて、最初のリズム唱が効いてきます。
リズム、アクセントとフレーズの関わり。
言葉と音楽のつながりを意識させることによって
流麗で自然な動きを生み出すことに。
なるほどなぁ~と感心。
本選のリハーサルはドビュッシー。
(Dieu! qu’il la fait bon regarder [3 Chansons-1])
フランス合唱音楽の粋とも言うべきこの作品。
指揮するのは難しいだろうなあと思っていたら、
テノールの3連符を柔らかく、などの指示の後、
しなやかな棒の中、見事にリズム、動きが表れています!
谷さんのリハーサルは
18世紀以前の作品審査でも感じたのですが
作品全体の中で共通するポイント、
すなわち音楽の骨格を掴み、
全体に敷衍させる印象。
脱力、たゆたう音楽の前の力感の強調など勉強になりました。
そして指揮が決め事の形ではなく、
音楽があり、神秘性さえも感じさせる。
いやあ、ドビュッシー良かったです!
3位の白井智朗さんはしっかりした指揮と明確な指示。
本選課題曲、クヴェルノのCorpus Christi carolは
ともすれば勢いで流しそうな作品なんですが、
そこはしっかり音楽を見据え、
音量、フレーズの山、マルカートにする箇所など
演奏がより効果的になる指摘をされていた印象。
市川恵さんは情熱的な指揮と
音楽の構成の説明がわかりやすく、
そこからの要求も非常に腑に落ちるものでした。
声楽出身なのに声に頼らず(笑)
ブルックナーも弦やパイプオルガンを比喩に出し、
イメージ豊かなChristus factus estを聴かせて下さったと思います。
あ、課題曲の中でコダーイ「Esti dal」があったのですが
これは課題曲にはふさわしくないのでは?と
私以外にも聞いていた複数の人からも声が上がりました。
高橋梨紗さんは調性やハミングと「U」の母音とのバランスなど、
ユーモアを交えながら合唱団とコミュニケートする姿に
好感を持ちましたが、
この作品が指揮者コンクールの短い時間で
出場者の能力を十全に測れるものだったかは疑問です。
指揮法に関しては私なんかが口を出せる水準では無いのですが、
それでも図形と打点はしっかり振れているけど、
そこに音楽、意志はあるのかな?
特に「こうして下さい」と指示する前と後でも
指揮が全く変わらない出場者がいたのは少し疑問でした。
そして、やはり感情が声に乗る場合が多いのだから、
指揮にも指示にも感情の変化が現れて欲しかった。
あまりにも淡々と感情を交えないリハーサルもあったり。
技量、音楽のさばき方は素晴らしいと思うものの
この人の指揮では正直、歌いたくないかなあ…なんて。
逆に、熱く音楽を進めるのだけど
感情が溢れて自分の世界に没入してしまい、
合唱団側とコミュニケートしていない出場者も。
難しいですね~。
「冷静と情熱のあいだ」ですか?!
演奏の現状把握と的確な指示が不可欠ですが、
良い出場者は音楽の骨格、全体に共通するポイントを
重点的に指示し、それから細部を詰めようとしていた印象でした。
麻山さん、谷さんとも、
10数分という短いリハーサル後の演奏は、
見事にその人の個性が香っていました。
指揮者という存在は音楽ももちろんだけど、
全人格的な魅力も必要なんだなあ、などと。
改めて結果です。
1位 麻山皓太
2位 谷 郁
3位 白井智朗
初見演奏部門賞 麻山 皓太
18世紀以前の作品部門賞 谷 郁
ロマン派・近現代作品部門賞 麻山 皓太
オーディエンス賞 麻山 皓太
ノルウェー王国スカラーシップ賞 麻山 皓太
エルヴィン・オルトナーより副賞 谷 郁、白井 智朗、麻山 皓太
最後に、出場者の山口雄人さんによる
このコンクールに参加されたことを記す
貴重なブログ記事をご紹介しましょう。
http://ameblo.jp/yuto-yy57/entry-12158791369.html
大変示唆に富む記事です。
鋭く客観的な分析もさることながら
このコンクールそのものを俯瞰し、
自身へ還元する姿勢も素晴らしい。
山口さんの記事を見て思い出すのは
「どんなに上手い歌い手を集めた合唱団があったとしても、
その前に立つ指揮者の能力以上の音楽は出てこない」
という言葉です。
どんなに丹精込めて育てられた最高級の野菜でも
そのままでは上質な素材なだけなのを
料理人が良く調理して初めて「料理」となる。
同じように良い指揮者が優れた合唱団とコミュニケートした結果、
初めて「音楽」となるのでしょう。
基礎的な練習と「音楽」の境目は分かち難いものかもしれませんが、
それでも音楽というもの、指揮者という存在について
深く考えさせられる、
そして大変興奮させる面白いコンクールでした。
このコンクールには32人の方の応募があったそうです。
そして応募するには合唱団に、
ビデオ撮影をお願いすることから始めなければいけません。
さらに課題曲となる18世紀以前の作品、
大作曲家の合唱の名作について勉強する過程。
どれも合唱音楽の根底、本流に向かうことです。
山口さんのブログ記事にあった第1位の麻山さんの言葉。
「このコンクールに出続けると、
次の2年後までの指揮者としての過ごし方が変わるはずだよ!」
まさに、指揮者としての自分、
合唱音楽について真摯に向き合う年月になるはずです。
今回の12人の出場者はもちろん、
ステージに立てなかった20人のみなさんにも
心から拍手を送りたいと思います。
これだけの若い方が誠実に合唱音楽へ向かっていること。
合唱音楽の本質を学び、その成果を試そうとするあなたたちこそ
「合唱指揮者」の名にふさわしい!
そして2年後のコンクール、
さらに成長した今回の出場者のみなさん、
新たに応募しようとする未来の出場者へエールを!
(おわり)