このステージ、終盤にさしかかるころには、音楽そのものよりも「祈り」という言葉の重みが増していったように思います。
続いて登場したのは、九州文化学園高校コーラス部(11名)。
髙田三郎先生の作品を中心に、演技と歌を組み合わせる意欲的な試みでした。
大分市民合唱団ウイステリア・コール(35名)は、全体にとても温かくアットホームな雰囲気で、心のこもった演奏。
並びが密集されていたことも、小学生と大人のメンバー構成というのも新鮮で、他団体とはまた違った魅力がありました。
指揮者:渡邊智道先生の自作曲は親しみやすく、特に弦楽四重奏との共演が印象的。
教会特有の響きの中で、千原英喜「マリア・オリエンタリス」から続く、祈りの空気に寄り添うような音作りがなされていたと感じました。
アンコールの「となりのトトロ」では、リズミカルな箇所と各パートの主張や蕗の葉を手にした演出も楽しく、会場全体が和んだ様子。
“祈りの合唱の祭典”らしい、あたたかな締めくくりになっていたと思います。

平和祈念像
埼玉からは、女声合唱団 悠(59名)が参加。
プッチーニ《Messa di Gloria》より「Gloria」を、集中力を保ったまま堂々と歌い切りました。
力強い歌唱が聖堂に広がり、遠征の労を感じさせない完成度。
そしてこの日最後は、長崎県合唱連盟公募合唱団(約80名)による、
エルガー《Lux Aeterna(永遠の光)》
混声合唱とパイプオルガンのための《鷗》。
指揮は本山秀毅先生、オルガンは松本俊穂先生。
こちらのパイプオルガンは大小約4,000本のパイプを持ち、九州では一番大きい規模だそう。
広大な聖堂の中央を挟み正面の祭壇と、遥か後方、会衆席を見下ろす位置にパイプオルガンは設置されていました。
教会の大空間を満たすオルガンと大合唱の響きは、圧倒的でした。
時に鋭く、体を震わす荘厳な音色。
これはもう「体験」だ!と思いながらも、演奏には少々問題があり、指揮者が見える位置、愛唱曲として合唱のテンポルバートをどこまで許容するかなども考えてしまいました。
しかし、伊藤理事長による「アンコール!」と来場者のみなさん(特にコンビニ店員さん)へ呼びかけ、合わせた2回目の「鷗」は得難い演奏でした。
再び歌われた「鷗」では、会場全体の空気がひとつに溶け合い。
客席も舞台も区別がなくなり、「祈りを共有する」という言葉の意味を、その瞬間に体で感じた気がします。
音の良し悪しを超えて、音楽が空間そのものを変えていく。
この祭典の本質は、まさにそこにあったのではないでしょうか。

長崎市公式観光サイト様より
(次回「長崎《祈りの合唱の祭典》をめぐる記 :その4」に続きます)