関東旅行3・東京混声合唱団第243回定期演奏会感想



2017.4.28(金) 19:00~
第一生命ホール


東京混声合唱団第243回定期演奏会。

前半は今年30歳の若きマエストロ、
鬼原良尚さんの意欲的なプログラム。

 

 

 

鬼原さんはTokyo Cantat
第4回若い指揮者のための合唱指揮コンクールの優勝者。
そのためもあってカスパルス・プトニンシュ先生や
栗山文昭先生の姿も見られた。
(…前半で帰られてしまいましたが)


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鬼原さんがグラーツ国立音楽大学で学ばれたためか、
選ばれた作品はいずれもオーストリア、
ウィーンとかかわりがある作曲家ばかり。


まずフーゴ・ヴォルフ
「アイヒェンドルフの詩による6つの宗教的歌曲」より2、3。
最初で調子が出なかったかアインザッツが合わず、
ヴォルフの繊細な和音も作りにくい印象。

最後に演奏されたアルノルト・シェーンベルク
「地上の平和」はアマチュア合唱団で何度も聴いているが
どうしても声楽的な限界が目立ってしまう難曲。
そんなわけでプロフェッショナルの東京混声に期待していたのだが
残念ながら外枠をまとめるのに精一杯のようで
作品の本質に迫るまでには至らなかった。



しかし、中間の2作品はどちらも非常に興味深く聴けた。
特にオーストリアの作曲家
クレメンス・ガーデンシュテッター(1966-)
リーサ・シュパルト:詩

「ロックド・イン(Locked-In)」。

日本初演のこの曲、
「表現したくてもできない状態」は
「表現できない表現」として成立するのか?
そんなパラドクスを内包した作品。


鬼原さんのプログラム「言葉にならない言葉」によると


タイトルの「ロックドイン」は
ロックドイン症候群から取られたものです。
ロックドイン症候群とは、意思があり、
頭で状況を理解できるのですが、
言葉やジェスチャーで
自分の意思を伝えられない状態を意味します。
(中略)
「言葉にならない言葉」には、
一生懸命自らの意思を伝えようとしている、
しかし言葉を発することができない、
人に対して自らの意思が伝わらない、
そのもどかしさ・・・。
「言葉にできない言葉」を
テキストとして採用することによって、
伝えたいが伝わらない、伝えることができない
「ロックドイン」の状態の辛さ及び葛藤が、
より鮮明に表現されています。
「言葉にならない言葉」には深い思いが込められています。

 

 

意味のない音、断片的な言葉が生み出すリズム。
「表現できない意思」が演奏者の中で膨らみ、
耐え切れず滲み出てしまったような音。

それは本来、出そうと切望した音なのか?それとも?

緊張感ある音響に感情が上手く乗った演奏と感じた。
この作品はもう一度聴いてみたい。

 



委嘱初演の三ツ石潤司さん(1957-)
「祈り-2016」も各声部に惹かれるメロディが、
打楽器奏者:會田瑞樹氏のさまざまな楽器、
特にビブラフォンの音と重なり
インパクトがあって面白い。
東混の委嘱曲にしては非常にオーソドックスな作品。
コンクールの自由曲としても、アリ?

テキストはRequiem aeternam、
Dies irae、Lux aeterna、Libera meに加え
Salve Regina、
そして英語に訳された
日本国憲法九条が使われていると知り、
演奏前に身構える気持ちがあったが
違和感無く聴くことができた。




後半は松原千振先生の指揮で。
エイノユハニ・ラウタヴァーラの
「無伴奏ミサ曲」は手堅く。

スウェーデン:ダービド・ヴィカンデル
「ユリの花、谷間の王」、
フィンランド:レーヴィ・マデトヤ「春の夢」、
ノルウェー:エドヴァルド・グリーグ「春」といった
北欧の作曲家による春にちなんだ名曲3曲は、
さすがプロ!と唸るほどたっぷりと安定感ある歌唱。
北国生まれとしては、こういう淡く、
切ない春の描き方には深く共感してしまう。

アンコールの、
ヴェリヨ・トルミス「シニッカの唄」がまた、
しみじみと良かった。
アルトソリストの高橋由樹さんが素晴らしい。
トルミスのある種の曲を聴くと、
何故か荒涼とした平原が目の前に広がるような気がする。
今年亡くなられたトルミスへの追悼もこもっていたのだろうか。


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若い指揮者の鬼原さんに
おそらく前半のプログラミングを任せたのだろう。
指揮者だけの責任とするには異論もあるだろうが
若さゆえの至らなさが演奏にあり、
また同時に若さゆえの新しく輝く音がそこかしこにあった。

音楽の楽しみ方として、
名曲の真価を改めて確認するというものもあるが、
私は「こんな音もあったんだ!」
と驚き楽しもうとする気持ちが強い。
そういう意味で、鬼原さんに指揮を依頼された
東京混声合唱団の運営に感謝したい。

鬼原良尚さんの今後のご活躍を願っています。