詩集:紫衣「旋律になる前 の」を読みました。
内田拓海さんが作曲された合唱曲のテキスト「沈められたピアノ」が収められているため。

読む前はキラキラな詩かと思っていたら、第一章は暗く土俗的、つげ義春の世界。最初の「名もなき池」は高野喜久雄「姫」?!
難解ではありますが、イメージの奔流、読むと文字から聞こえる音とリズムが心地良い。
何より、一編一編に濃密な物語が潜んでいます。
紫衣さんの詩世界には生者、死者、さらに生まれる前の者までが隣り合いつながり、円環を作るよう。
その円環は読み終わり、不思議にもう一度最初からその詩を読み直したくなる魅力を秘め。
内田さんが作曲された「沈められたピアノ」は、この詩集の最後に置かれていました。
もちろん単独でも十分惹きつけられる詩ですが、詩集として最初から読むと「沈められたピアノの水」は羊水?さらに「ちいさな魚の撓んだ螺旋」「二枚貝」といった言葉が、特別な意味を持って感じられます。
合唱曲は水の中に深く響く音響や、ひとつの旋律を多声部で繋いでいって、それらがまさに、何かが始まる予感に満ち。
紫衣さんの詩に音を付けようと考える作曲家は多くないでしょうが、内田さんが作曲されたことで、『旋律になる前 の』という作品、そして新しい世界に出会えたのは、本当に幸運でした。
「沈められたピアノ」、あい混さんの佐賀での演奏がとても楽しみです。
先日、あい混さんが2022年に初演された「アモール・ファティ」の、なにやらゆかし合唱団さんによる演奏動画が公開されました。
この演奏のように「沈められたピアノ」も、多くの団体によって血の通った演奏がなされる未来を想像してしまいます。