ワセグリ38年ぶりの「炎える母」




2年前の2018年、早稲田大学グリークラブ(以下ワセグリと略)が初演された宗左近詩、荻久保和明先生作曲の「炎える母」がワセグリでは38年ぶりに再演されました。
その動画が今年の3月に公開。


 

「炎える母」公開はとても嬉しいんです。
初演の音源は他大学の知人から回ってきたテープを何十回も聴きました。
その凝縮された緊張と共に、たとえばIIのピアノ低音の音型のカッコ良さ、そして最終曲、墓のフレーズの抒情性が心を鷲掴みにしたのを今も思い出します。
初演と遜色無い再演に拍手!

宗左近氏の詩は既に高校生のとき読んでいて、衝撃を受けました。
東京大空襲の夜、宗少年は母と手を繋ぎ走っていたが、転んだ母を宗少年は見殺しにしてそのまま逃げてしまう。
その悔恨は一生宗氏を苦しめた。
炎の死へ誘う母の手も愛なのか。
生きようと母から逃げる自分のただしさは。

 

 

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再演は映像もあり、カスタネットの使い方など30数年ぶりにわかる事実もあって。
「夏蜜柑のような顔を」で泣きました。
他の団体でも再演されることは少なかったのですが、楽譜もこの再演を機に出版されたので、また38年後にも歌い継がれて欲しい作品です。(立ち読みできます)

 

 

2023年NHKアーカイブで詩人:宗左近氏による、東京大空襲の大変貴重なご証言が上げられています。

Xのポストでも7分ほど観られますので、ぜひ。

 

 




初演も本当に良いですよ。

 

 






そしてこの日のアンコールが千原英喜先生作曲、草野心平の詩。
「わが抒情詩」




戦争が終わり、満州から戻った詩人が瓦礫の山になった日本を見て書かれたこの詩。
暗闇の中でよるべもなく歩いていく詩人と、今の私たちの姿が重なるようです。
この詩のまま暗いものではなく、千原先生が明るい曲調にされたのが切なさを増し、そしてワセグリの力強い演奏から、暗闇の底にほのかに光る希望を勝手に感じてしまうのです。



 

 

わが抒情詩 草野心平

くらあい天(そら)だ底なしの。
くらあい道だはてのない。
どこまでつづくまつ暗な。
電燈ひとつついてやしない底なしの。
くらあい道を歩いてゆく。

 

松平敬先生の多重録音

 


松平敬先生と言えば素晴らしい声楽家として名が広く知られた方。
そんな方の多重録音と聞けば期待が高まるのですが、選ばれた曲は!

 

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・・・さすが、池辺晋一郎先生!と別のところで感心したりして(オマケも聞いてね)
でも松平先生の歌唱は言うに及ばず、作曲の伊左治直先生も現代音楽の世界では有名ですが、合唱となるとやや知名度が低く。
それでもこの作品のセンス、とても良いですよね。
別の合唱作品がすごく聴きたくなりました。

 







ちなみに最近の松平先生の作品は・・・?





 



いや、怖いよ!

 

 

松岡さんの言葉

 




北海道札幌市に弥生奏幻舎“R”という団体があるんですが。
今の状況ではやはり練習場に集まれず、Zoomというアプリを使った練習になったというんですね。
そこで指揮者の松岡直記さんの放った言葉が響いたんです。


 

 


「くさらないこと。焦らないこと。」
「声を合わせて歌う素朴な喜びを忘れないこと。」
「一日一回パートメンバーの顔と声を、週一回全舎員の顔と4声のハーモニーを思い出すこと。」
「過去の音源を聴いて自分たちの音を思い出し、これからやる曲の譜面を見てできあがるハーモニーを想像すること。」
「クサクサしたら一人で歌って、一人のむなしさを感じるのでなく合唱したときの快感を妄想すること。」
「その妄想はいずれ現実になること。そのときは溢れるように楽しいこと。」




練習はもちろん、演奏会などが次々と中止や延期になり、未来が無くなったように感じてしまう今。
仲間の大事さ、そして希望というものの大切さ・・・。
松岡さんの言葉には、これからを生きていく上で大切なものが含まれていると思うのです。

 

 

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うちで踊ろう



星野源さんの歌った「うちで踊ろう」が話題を呼んでいます。


合唱界からもいくつかコラボしている動画が上げられていまして。
東京混声合唱団の若手メンバーさんとのコラボ、竹内一樹先生の編曲とも相まって、さすが!

 

 




次は奈良県の畝傍(うねび)高校音楽部のみなさん。
源さんから「今日も高校のね、あの漢字が僕は全く読めなかった、ふりがなを振ってくれてありがとうっていう高校の音楽部のみんながですね、合唱をしてくれて。「22人」って書いてあったかな? 22人の部員の皆さんがですね、合唱してくれているんですけど。部屋で1人1人で録音したのを重ねて合唱なんですよ。すごくないですか、それって?」と言及されるほど。


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最後は若手パフォーマンス集団、Chor.Draftさん。
石若雅弥先生編曲による男声のロングバージョンは爽やか・・・と思ったら


 


下、左から2番目ー!!!

 

 

 

田中信昭先生のお言葉

 


うたの雑誌ハンナさんが2013年5月号に掲載された合唱指揮者・田中信昭先生の記事を上げられています。



召集から東京混声合唱団の創立、そして日本の作曲家へ委嘱を続けている理由として
「日本の合唱団が、優れた日本語の作品をレパートリーにして演奏活動を展開できなければ、『日本はちゃんとしっかりとした文化を持っている国です』と自信を持って言えないでしょう。」


田中先生は終戦後「今まではなんだったんだ」という価値観が崩壊した中から、日本の文化を生み出そうとしてきたのが伝わってきます。
全4回、必見のとても素晴らしい記事です。





こちら、サライ2017年2月号の記事も良いものです。
「指揮者は皆の心をひとつにする」というインタビュアーの問いかけへの「いえ、そんな必要はありません」から始まる田中先生のお答えは、いつも自分の中に残っています。

 

 




ある方に教えていただいたのですが、東京混声合唱団の凄い演奏です。
聴いていてなんだか泣けてきてしまいました。
田中信昭先生、当時91歳

 



びわ湖ホール声楽アンサンブルさんの「―ピアノのための無窮連祷による― 生きる」ご指導時に田中先生はこう言われたそうです。

“前奏から君たちの中を喜びで満たして!”
“若い君たちが、生きることの喜びをお客さんに伝えるんだ!”

 https://www.facebook.com/biwako.hall.15/photos/a.375380392564225.1073741826.324532970982301/830141380421455/?type=3&theater








田中信昭先生の言葉。


「合唱で一番大切なことは?」との問いに、しばらく考えてこう答えた。
「大勢が心を一つにする必要はない。曲に対する感じ方はそれぞれ違うのだから、一つであるはずがない。違う考えの一人一人が出会い、その曲の心を考えて一体となることが大事です」


「生きている限り、新しいものに出会いつづけたい」

 

 

今年92歳になられた田中先生、またその指揮姿をこの目で見たいです。

 

ポカリスエットのCMが素晴らしい!



4月10日からYouTubeで公開された(TVCMは17日から)ポカリスエットのCM「ポカリNEO合唱」篇が素晴らしかったんです。

 


60秒のCMも完成度が高いですが、ぜひ4分39秒の「ドキュメンタリー完全版」篇も見て欲しい!

 

 

 

春休み、集まれない学生さんたちがそれぞれのスマホで自撮りした歌。



僕だけの歌を歌わせてくれ
今しかない
この一瞬は
今を生きている
僕らの歌
今だ
今だ
今だ
今なんだ
歌おう 僕らの歌

 




「今しかないこの一瞬を 今だ、今なんだ」からコピーの「渇きを力に変えてゆく。」へ。
そして最後、それぞれが撮った青空が一面に。

現在の状況を見事に活写し、しかも前向きな心にさせてくれるとても良い映像作品です。


このCMを作られたチームのお一人、音楽プロデューサーの戸波和義さんはツイッターでこう語られています。


 

日に日にコロナの状況が悪化して、やれることがどんどん制限されていく中での制作だった。。
なんならスタート当初は全然ちがう演出からスタートしていて、、その場その場で「じゃあ今、何できるだろうか?」を必死にやり続けた結果がこれです。

 

「じゃあ自撮りで、家でやろう」って案を出してくれた柳さんはさすがだったし、瞬時にそこに方向を変えられる制作チーム全体の結束力が本当に素晴らしかった。リアルに昨日話したことも今日できなくなっていって、、毎日それらをアイディア捻り出して乗り越える日々、、ほんとチーム全体が必死だった。

 

結果、集まってきた学生たちの映像素材をつなぎ合わせた絵を見たら、、、元気をもらうのはむしろこちらで。なんならこれは、今僕らが見たかったものなのかも、、とすら思うくらいで、、。
良い仕事はいつだって「仕事」の枠を超えるけど、これはその最たるところだと思います。

 



本当に、良い仕事はいつだって「仕事」の枠を超える、ですね。

この作品を作られたみなさん、出演された97人の中高生たちに大きく拍手!

 

 

 

 

最近聴いて良かった日本の団体の合唱動画

 



過去の音源を公開する団体が増えています。
私が最近聴いた中で、特に良かった音源をご紹介します。


 


1)お江戸コラリアーずさんの「水のいのち」

 


本来ならLa Pura Fuenteさんとのジョイントコンサートのはずだった4月5日の14時から順に演奏動画を公開。
しかも4ステージ構成という凝りよう。
どのステージも良かったのですが、第4ステージとして須賀敬一先生を客演指揮に迎えられた「水のいのち」が凄かった!

 

 

 

男声はもちろん、過去の女声、混声を併せ屈指の名演です。
詩の精神性に基づいた言葉の扱いと声の明暗、なおかつ作品に内在するリズムを活かし、水の流れるが如き音の運び。
ときに己れの濁りを省み、それでも空の蒼を希求する音の美しさと愛おしさ。
歌い手が言葉単体だけではなく、文脈として音楽と共に響き合い、発する言葉があり、詩を読み返したくなります。
聴き終わった後、すぐ2回目を聴き始めました!
自分の聴いた中では一昨年の「縄文土偶」に匹敵するほどの、おえコラさんベスト演奏。


 

 

 

 

 

 

2)岩手大学合唱団さんの定期演奏会



岩手大学合唱団さんはたまたまYouTubeで聴き、その演奏の上質さに驚き、5年前にもこのブログで「知ってましたか?岩手大学合唱団」という記事にしました。

 (※2004年の佐藤眞先生指揮、仙台フィルハーモニー管弦楽団との協演「土の歌」、全曲UPをぜひお願いします!)

 

 

 

昨年、2019年12月に開催された定期演奏会から数曲を公開されています。
これがまた、声と旋律の美しさ、言葉の繊細な扱い、合唱としての優れた響きと、期待を裏切らない素晴らしい演奏!

「聴いてくださる方が希望を持てるよう、心を込めて演奏しました」との「瑠璃色の地球」も良かったのですが。

 

編曲者の田中達也先生も賞賛された「いのちの歌」が特に良かったんです!

「本当に苦しい時も、思い出の歌は私たちの心を慰めてくれます。
実は見逃しがちな、人々との出会いへの感謝を込めて演奏しました」

・・・染みますね。

 

 

 

常任指揮者:佐々木正利先生による「多田武彦の こころ、そして うた」の「富士山」より「作品第肆」も、実に惚れ惚れする演奏です。

 



「今後も音源を公開していく予定」だそうなので、非常に楽しみですね。

 







3)harmonia ensembleさんによる「彼方のノック」



こちらは過去の音源ではなく3月に収録された演奏です。

ハルモニア・アンサンブルさんはプロフェッショナルな合唱団。
10年前の全国大会出場時にはこのブログ企画にもご寄稿していただき、その後のご活躍はみなさまご存知の通りだと思います。

 


そのハルモニアさんがなぜいま、今年のNコン高校の部課題曲「彼方のノック」を録音し、動画配信を行ったのか?
ツイッターの公式アカウントにその理由が書かれていました。

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土田豊貴先生の音楽の良さは当然のこととして、全くの偶然なのですが、辻村深月さんの詩と現在の閉塞された状況が同調し、聴きながら深いものが残ります。
加えて、ハルモニアさんの優れた技術、前田勝則さんの巧みなピアノはもちろんのこと、人と声を合わせる「この一時」を慈しみ、体温が伝わるような“熱”が確かに在る演奏と思いました。

この方も絶賛!
harmonia ensemble‬ のNコン2020課題曲

 



招聘されていたニュージーランドでの世界合唱シンポジウムの中止という悲しみから、これほどの演奏をしてくださった福永一博先生とハルモニア・アンサンブルのみなさんに心より感謝いたします。


それでもやっぱり、技術的には及ばないかもしれないけど、小中高の学生さんによる課題曲を聴いてみたいなぁ、本当に!